2023年01月27日

寒い!

ここのところ、大寒波の襲来ということで、寒い日が続いています。朝に出かけるときは、マイナス10度以上に冷え込んだ日もありました。今月の電気代は、いったいいくらになるんだろうとご心配の方もいらっしゃると思います。中学校の職員室で「昨日はウチの夫が一大事だって言うから、何だと思ったら先月の電気代が7万いくらだって。夫婦二人になったのにね。あんたが夜更かししてるからだって言ってやったんだけど……」と、話している先生がいました。オール電化だと、電気代がそういうことになる家もあるらしいです。高気密、高断熱で建てられているのに、古い木造家屋だとどうなるのでしょうか。

ご承知の通り、ただでさえウクライナ戦争と円安などのために光熱費は上がっていたのに、この寒さです。うちは灯油、プロパンガス、電気のハイブリッド?なので、オール電化ほどではないけれどやはり光熱費は上がっています。そんなことを気にせずに暮らせる人、他のことをガマンしなくてはいけない人、暖を取れない人、いろいろだと思います。恵まれている人たちが省エネをしないと、エネルギーの価格が上がってしまい、恵まれない人たちにしわ寄せがいくという構図もあります。

古今亭志ん生の「火炎太鼓」には、こんなくだりがあります。道具屋のおかみさんが、どこかぽーっとした亭主に文句を言うのですが……。「お前さんは、売らなくちゃいけないものを売らないで、売らなくていいのを売っちゃうんだからねえ。去年の暮れだってそうじゃないか、向かいの米屋の旦那がうちの火鉢を見て、甚兵衛さんこれ良い火鉢だねって言われたもんだから、良かったらお持ちなさいよなんか言って。それで向かのうちに暖まりに行っちゃったりなんかしてさあ。だから旦那がそう言ってたよ、何だか甚兵衛さんと火鉢を一緒に買っちゃったようだって」。いくら江戸(東京)とは言え、温暖化前の気候で、すきま風だらけの家で、火鉢で手を温めるのが関の山だったわけです。服装も綿入れを羽織るくらいがせいぜいで、足袋というのは贅沢品だったでしょうから、裸足だったのではないでしょうか。

私の世代は、親世代の人たちから、シベリアに抑留されていたときの体験を聴くことがありました。小学校の先生が授業中に、知人の話としてこんなことを言っていました。「凍え死にしそうになってたどりついたのに、すぐに暖かい部屋には入れてもらえない。少しずつ暖かいところに移してくれて、やっと暖かい部屋に入れてもらった。そうしないと、鼻がもげてしまうと後で聞かされた」と。こういう話は、なぜか強烈に憶えているんですね。そういう環境にいると、寒さに強くなるらしいです。シベリアから帰って2,3年は、冬でもみんながびっくりするほど薄着でも平気だったとか。でも、そのうち平均的な日本人に戻るそうです。

私が子どもの頃は、家全体を暖めるという発想がありませんでした。さすがに石油ストーブはありましたが、家に二つだけだったように思います。練炭ひとつしかない座敷で食事をしていたし、コタツしかない居間でテレビを観ていました。ダルマさんのように着込んでいたのも、憶えています。夜は家族それぞれが「湯たんぽ」を持って寝床に入りました。それを思えば、暖房しなくても暮らしていけるでしょう。でも猫のエリックはどうなるんだろう? もとは野良とは言え、老いてから急に耐寒生活をさせるのも気の毒です。いやエリックが暖房器具になってくれるのかな。そんなことを、ツラツラ考えています。
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2022年12月29日

本年もお世話になりました

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昨日をもって、本年の開室を終了いたしました。北上川のほとりを歩いていると、たくましく生きている白鳥や鴨の姿を見ることができます。おいでいただいた方々、地域の方々、同業のお仲間、そして私の家族と、沢山の人々から支えられてきた一年でした。みなさまに感謝いたします。来年もみなさまのお役に立つことができれば、うれしく思います。


2022年11月25日

ダブルレインボー

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もう何日も経ってしまいましたが、仕事があって盛岡市内を北上していたら、虹が二重になっていました。「ダブルレインボー」の言葉は知っていましたが、人生初です。珍しいことなので、ネットで調べてみました。めったに見られない現象で、これを見た人には「幸運が訪れる」そうです。幸運のおすそ分けができますように。

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2022年10月24日

ポリヴェーガル理論

ポリヴェーガル理論(多重迷走神経理論)は、アメリカのスティーブン・ポージェス博士がまとめた、自律神経についての理論です。私もまだ学び始めたばかりで、ここで適切に分かり易く説明する力はありません。申し訳ありませんが、ご興味をお持ちの方は検索をかけて情報を集めてみてください。私が書きたいのは、理論そのものについてではなくて、これからの心理療法に大きくかかわってくるだろうという予感についてです。

心理療法には多くの学派があり、技法もさまざまです。私自身も複数の理論を学んで、技法も組み合わせて用いています。ケースについて「この人が回復していったのは、どうしてなのだろうか?」あるいは、「この人の面接がうまくいかなかったのは、何故なんだろう」と考えます。これまでの理論的な枠組みで考えて説明がつくこともあるし、なかなか説明がつかないこともあります。それがポリヴェーガル理論に照らし合わせて考え直すと、よく見えて来るのです。

いまはもっぱらトラウマ治療で参考にされているようですが、さまざまな心理療法のメタ理論として機能するのではないか、そんな感じがしています。ポリヴェーガル理論に反するようなことは、面接の中でしない方が良いと考えます。またゴールの設定や、いまどこまで回復しているかについても、ヒントを与えてくれるでしょう。心理療法は統合の時代を迎えているとも言われていますが、ポリヴェーガル理論はひとつの柱となってくれそうです。
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2022年09月28日

キノコが大豊作

今年はキノコが豊作のようです。盛岡市の神子田朝市に行ってみたら、コウタケが1パック700円で売っていました。台風14号が迫っていて干すのに困るような日だったせいもあるでしょうが、例年の3分の1くらいのねだんでしょうか。コウタケは干すと黒く縮んで強烈な香りを放つのですが、これが炊き込みご飯にすると絶品です。


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天然の舞茸が700円、本シメジが1000円でした。冷凍が効くというか、冷凍すると細胞が破壊されて香りが強くなります。写真にはないけど、カサが開き切った松茸(100グラム以上)を、2000円でゲット。ここ数年はコウタケにはまって松茸ご飯はご無沙汰でしたが、カサが開いていても香りが強いし、コリコリした食感も楽しめました。国産の松茸を堪能させてもらいました。「キノコに5千円も使う人がありますか!」という声がどこからか聞こえてきそうだけど、まあ良いのです、年に一度のお祭りです。


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稲穂も色づいてきました。ウクライナの戦争を思うと、こうしてのどかな田園風景をながめられるのは幸せだと思うし、平和な暮らしを守るためにはどうしたら良いのだろう、と考えてしまいます。だれしもが安心して暮らしたいのに、こういうことが起きてしまうのが人間の愚かしさなんでしょう。私は仕事柄、世界の人々が共感的な関係を作っていくには……などと考えます。あの青空のはるかかなたが、ウクライナです。


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東北の空は、秋になると澄み渡ります。秋も深くなってきました。




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2022年08月26日

引退、したいですか?

私の年代になると、引退している人もいます。病気で働けなくなったとか、親の介護に追われるようになったとか、働けない事情があるわけではないけれど、ほぼ毎日家にいる暮らしです。定年が延長された65歳や、70歳まで働かなくても、お金の見通しがついているのでしょう。経済的に恵まれているのはうらやましくもあるけど、さりとて自分がそうなりたいかと言われれば考え込んでしまいます。SNSをのぞいてみれば、サンデー毎日(←古い!)で時間と元気を持て余している人たちが、どこそこに遊びに行ったとか、何とかというお店の何を食べたとかで盛り上がったりしているわけで、「楽隠居ではボケちゃうよ」なんて、およそ心理屋らしくもない独り言が出てきます。

私が若いころは、転職などと言うことは簡単に考えるものではありませんでした。就職したら「マジメに働いて結婚して定年を迎える」のが、自動的に浮かんでくる人生設計です。定年もたしかまだ50歳台で、60歳にも達していませんでした。いまや70歳まで延びるかどうか、というところです。だから同年代の人たちは、マラソンを走り出したらゴールが2k先に延ばされ、後半に3km先に延ばされ、ゴールしたら「もう3km走っても良いよ」と言われるようなものかもしれません。

いま「FIRE」(Financial Independence, Retire Early)、つまり「経済的に自立して早めに引退する」という言葉をネットで目にします。つい昔の「DINKS」(Double Income, No Kids)「共働きで子どもなし」を思い出してしまうのですが、アメリカの世相を反映しているのでしょうね。経済的に活況で金利も高いいまのアメリカで流行っている言葉を、そのまま持ち込むのは軽薄だとは思いますが、日本でも「悠々自適」に憧れる人がそれだけ多いということでしょう。

ただし、単に「働くのがイヤだから」で引退を目指してしまうと、「金を貯めなくていけない」になります。「もっと働こう」とか「支出を抑えよう」になって、要するに「ガマンを止めるために、もっとガマンをする」ということになってしまいます。そうなってしまうと、もうまるで素敵ではありません。

ちょっと前の放送でしたが、九大の教授を退官されてから大分県の飯田高原で訪問診療を続けている、野瀬善明医師のドキュメンタリーをNHKで観ました。「黄昏高原診療所」というタイトルだったと思います。村人たちと一緒に年を取っていくのは、究極の臨床だと感じ入りました。もっと印象的だったのは「こういうところで自然を相手に暮らしていると、自分も自然の一部になっていって、死ぬのが怖くなくなる。だからここの人たちは、みんな元気ではつらつとしている」という野瀬先生の言葉でした。老年期の発達課題は、「死を自然なものとして受け容れる」ということかもしれませんが、期せずしてそうなっているわけです。田舎にいる、というだけで。

若くて元気なのに引退を望むのは、もしかしたら都会のビョーキかもしれないな、と思ったりします。「お金を貯めてから引退しよう」とガマンせずに、田舎に移住してしまった方が良いのかもしれません。もっとも田舎は田舎でガマンすることがあるのですが、インターネットなどのおかげで田舎特有のものはずいぶん減っているように思います。それに少子高齢化と過疎のおかげで、東京モンもガイジンもみんなウェルカムになりました。「引退したくなったら、田舎においでよ」、でしょうか。
posted by nori at 09:36| Comment(0) | TrackBack(0) | よしなしごと