2018年10月10日

八幡平の草紅葉

岩手県ので紅葉狩りの名所と言えば、栗駒山と八幡平でしょうか。八幡平はアスピーデと呼ばれるなだらかな火山で、深田久弥が定めた百名山にも選ばれています。道路が山頂近くまで通っていて、山頂駐車場からスニーカーで往復できます。高層湿原が枯れて草紅葉になり、沼とのコントラストも見事です。
山頂からの眺望が残念なのはないものねだりとしても、残念なのはあまりに近くまで道路が切り開かれているので、「てくてく歩いてたどり着いた」という有難味がないことでしょうか。自然破壊は言うに及ばずで、こんな道なければ良いのに……とも思います。でもこの道があるおかげで雄大な自然に触れる人も大勢いることは確かで、わが家も子どもたちが小さいときには何度か連れ出したものです。夏の高山植物も、素敵です。


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2018年09月26日

チャーリーとの別れ

チャーリー(11歳)は5月に糖尿病の症状が始まり、腫瘍もあるかもしれないと言われました。家でインスリンの注射を打っていたのですが、夏には脱水症状が出て、病院通いが続きました。膵炎とかケトアシドーシスとか、ヒトは病名をつけて治療しようとするのですが、本人はニャンのことやら分かりません。動物病院のスタッフさんたちには可愛がられましたが、臆病な性格なので、家じゃないところに居るのはストレスだったようです。何度も針を刺すと硬くなるし、ただでさえ猫の血管は細いので、点滴も難儀になりました。

治療しても苦痛を長引かせるだけと感じる半面、健気な姿を見ると生かしてやりたいとも思います。「もう治療はやめて、家で看取ろう」ということになり、9月20日の早朝に家族で見送ることができました。獣医さんが飼い主の悩みに寄り添って、私たちの選択をサポートしてくださったのが有難かったです。助かる可能性に賭けて積極的な治療をするように勧められて、入院中に亡くなってしまったというような話も聞きますし、そうなったら悔やんでいたことでしょう。

手話で2000語を用いたゴリラのココは、「死ぬこと」を「眠るのと同じ。気持ちのよい穴に、さよなら」と表現したそうです。動物は人間よりも簡単に、そして正確に死をとらえているのかもしれません。黒猫のエリックはチャーリーの耳を噛んでちょっかいをかけていましたが、弱ってからは一切なくなりました。階段の途中で足が止まると、エリックが駆け上がって尻尾をなめて、チャーリーがすっと登りました。彼らには食べ物を狙うとかヒーターで暖まるとか、共通の目的があるとき以外は3mは離れるというオキテがあったようです。でもチャーリーが亡くなった夜は、エリックは近くにあった布団に乗って、ずっと段ボールのお棺を上からながめていました。食欲は相変わらずモリモリだけど、さびしそうにしているエリックを見ると、チャーリーの死を理解しているように感じます。

チャーリーはケイレンを起こして死にかけてからも、復活しました。家族みんなでお別れができる日まで、頑張ってくれました。夜は妻のベッドで寝ていたので、弱ってからは階段で転ばないように妻は1階の和室で寝ていました。最後の夜は妻の布団で待っていたそうですし、明け方には階段を登ろうとして転びました。朝は起こしに来るのが日課だったし、私にあいさつに来てくれたのかもしれません。息を引きとるときには、目にいっぱいの涙をためていました。こっちの思い込みかもしれないけど、情が通じると言うか、チャーリーは人のような猫でした。かっぱわれた塩鮭を奪い返して、思わず自分でくわえたりなんかして、追いかけっこもさんざんして楽しい日々でした。心からのありがとうを、捧げます。
posted by nori at 23:19| Comment(0) | TrackBack(0) | にゃんころじい

2018年08月19日

ゴルゴ13 盛岡展

「岩手銀行赤レンガ館」は1911年に完成した、旧盛岡銀行本店です。国の重要文化財に指定されており、初めて盛岡を訪れる人にとっては定番の見学地でもあります。

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9月9日まで、この由緒正しい建物で「さいとう・たかを ゴルゴ13 盛岡展」が開催されています。さいとう・たかを氏の家は、私が住んでいる石鳥谷町にあります。噂では他にも住まいがいくつもあるそうですが、たしか奥様が岩手出身の方らしいです。もっとも超多忙の日々でしょうから、岩手でゆっくり過ごす時間はあまりないのではないかと思います。

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ありがちな展示ホールではなくて、レンガ造りの銀行での展示はゴルゴ13らしくて面白いと思い、訪れてみました。平日なのに大勢の人が見に来ていて、ちょっとびっくりしました。「こんな人が、ヒトゴロシの劇画を見てるのかな?」と思ってしまうような(ステレオタイプですね)、上品そうな老婦人もいらっしゃいました。もっとも「上品な老婦人」がヒトゴロシの依頼者になる話はいくつもあるので、油断がなりません。M-16のレプリカでターゲットを狙う体験ができたのが、いちばん面白かったかな。残念ながら、原画を見て大興奮するほどのコアなファンではないのでした。

 
posted by nori at 22:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 岩手の絵日記

2018年07月09日

ウェス・モンゴメリー

ウェス・モンゴメリー(Wes Montgomery 1923〜1968)は、「オクターブ奏法」で有名な人です。兄はベースを、弟はピアノとヴァイブを弾くプロミュージシャン一家で、「モンゴメリー・ブラザース」名義のアルバムもあります。45歳で亡くなっていますが、1967年に発表したイージー・リスニング路線の「ア・デイ・イン・ザ・ライフ」が大ヒットしたのが遅すぎたのか、子どもたちを養うために働き過ぎだったようです。

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チャーリー・クリスチャンは単音でソロをとってモダン・ジャズのギター奏法の開祖になりましたが、ギターという楽器は管楽器に比べるとどうしても音が細くなってしまいます。でも1弦と3弦、2弦と4弦を使って1オクターブ差の同音を弾いてソロを弾くと、あーら不思議、何とも言えずファットな味わいになります。もちろん音を出したくない弦は、ミュートします。原理は簡単なんだけど、これをノリノリで弾きまくるには相当な修練が必要です。面白いのは、ウェスが「もっとファットな音が欲しい!」と考えて始めたのではなくて、子どもたちが寝静まった夜に練習するために、ピックを使わないで指で弾いていたのがきっかけになったそうです。どこまでも、子ども思いだったんですね。そしてウェスはソロだけじゃなくて、コードワークも素晴らしいものがあります。写真を見ると異様に手がデカくて親指も強力そうで、あのファンキーな演奏には体格が寄与していたのではないかと思います。

オクターブ奏法をするには、もちろん練習も必要だけれど、度胸も必要なようです。ウェスの印象があまりにも強いために、「なんだ、ウェスの真似じゃん」で終わってしまいそうな感じがつきまとうのです。どうせやるなら、ウェス以上にカッコよくやらないと、意味がないような。リー・リトナーはウェスの影響でジャズ・ギターの世界に入った人で、オクターブ奏法も披露しますが、ハードバップと言うよりはウェスの晩年のイージー・リスニング路線の発展形という感じです。「俺は日本のウェスだ!」の宮之上貴昭さんくらいにならないと、ハードルが高いかもしれません。(The Incredible Jazz Guitar of Wes Montgomery / Riverside 1960)

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第三世代の認知行動療法 ACT

ここのところ、放送大学の番組を録画して観ています。この9月に公認心理師の国家試験がスタートすることになっていて、受かるかどうかは分からないけれど、チャレンジしてみることにしました。広く薄くまんべんなく知識を詰め込んでいくのは、この歳になると辛いものがあるのですが、テレビの講義を見るのはまだ楽な感じで取り組めます。そこが出るとは、限らないんですけどね。

その放送大学の講義で紹介された「第三世代の認知行動療法 ACT」が、ちょっと面白いと思いました。講師は武藤崇先生で、ネットで調べてみたら同志社大学の教授でいらっしゃるようです。第一世代が行動療法、第二世代が認知行動療法、そして第三世代がこのACT(Acceptance & Commitment Therapy)ということらしいのですが、何となく自分にもやっていけそうな感じというか、わりと良い印象を持ちました。でもこれはもう、ほとんど森田療法なんじゃないかと思ってしまうのでした。

ちょっと調べてみた限りでは、ACTの提唱者は「森田療法から影響を受けた」とは明言していないようです。意地悪な見方をすれば、「影響を受けた」なんて書いてしまったら、「パクった」と言われかねないし、それで出典を避けているのかもしれません。ネットで検索をかけると「森田療法に酷似している」との論文もあるし、英語のコミュニティでは提唱者の Steven Hays氏に「パクったんじゃないの?」と質問を投げかけている人もいました。当人は「ACTが十分に発展するまで、森田療法を知らなかった」と否定しています。

森田療法は大昔に勤めていた精神科の病院が、慈恵医科大学とつながりがあって、門前の小僧的な知識はありました。私自身の心理療法の学びは精神分析から、臨床動作法にシフトしてきました。そのわき道には集団心理療法、サイコドラマ、箱庭や描画の表現療法、家族療法もあったのですが、森田療法もそのうちの一つでした。具体的な助言を求められて、それに応えようととするときには、森田療法の考え方が役に立つことが多いのです。自分自身の心をどう保っていくかについても、役に立つと思ってきました。「心理療法」と言うよりは、臨床の知恵、あるいは生活の知恵みたいな感じでしょうか。

そもそもACTにも取り入れられているマインドフルネスだって、仏教の瞑想に由来しています。人の役に立つのであれば、仏教も森田療法も人類共通の財産として活用していけば良いと思います。でも研究のデータで「エビデンス」を証明して、「科学」の包装紙でくるんで売り出すのは心理療法の商業主義ではないか、仏教や森田療法の「人助け」の精神に反するのではないか、と思ってしまうのでした。そしてパッケージになったものは、得てしてマニュアル化されていって、ダイナミックな「こころ」の働きに対応できないセラピストを産んでいく可能性ももっています。
posted by nori at 02:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 心理療法

2018年06月14日

アトピー性皮膚炎再考

気がついてみると……という感じなのですが、アトピー性皮膚炎に悩む青年に会うことがめっきりなくなりました。私が皮膚科のクリニックを退職してから年数が経ったこともあるのでしょうが、世の中全体が「アトピー」で大騒ぎしなくなってきたように思います。これは一時期に隆盛をきわめた? 温泉宅配などのアトピー・ビジネスが皮膚科医による啓もう活動で激減したということが大きいのだと思います。私が皮膚科で働いていた1997年〜2002年は、ステロイド外用薬をアトピー・ビジネスから「これを塗っていると廃人になる」とか脅かされて、急に止めてしまう人が沢山いました。ステロイドでやっと抑えていた炎症が、また一気に噴き出すのは当たり前の話で、アトピー・ビジネスは「やっと体内の毒が出てきたんです」などと説明していました。挙句の果てにはヘルペスのためにカポジ水痘様発疹症になって、悪臭とともに入院して来られるような人が後を絶ちませんでした。そんなひどい目に遭う人がいなくなるのは、良いことです。

アトピーの患者さんに、「アトピーの症状で困っているの? それともアトピーが気になって困っているの?」とたずねると、大概の人は「アトピーが気になって困っている」と答えていました。症状が顔や首、手など、衣服で隠れないところに出てしまうと、それが「気になって」人前に出ることを苦痛に感じていました。つまり、コミュニケーションが思うようにできなかったのです。中にはひどい症状が顔に出ていても平気でどこにでも出かけている人もいましたが、「気にしない」ことも「気にする」のとある意味同じであることを考えると、痛々しいほどでした。

どんなにアトピーがひどい患者さんでも、手の届かない背中はきれいでした。つまり彼らは、自ら皮膚を掻き壊していた、とも言えます。患者さんたちに会ってみると、本当に良い子というか優しい人が多いと感じるのですが、自分の気持ちを表現することが苦手で、ため込んでいるように思いました。家に帰ってほっとすると、皮膚をガーッと掻き壊してスッキリする――感情表現の場が対人場面から後退して皮膚になっているかのようでした。こうなると社会ではなくて、自分の身体を相手にして暮らしているようなもので、一種のひきこもりとも言えます。

さて、いまやSNSが大流行の時代です。ともに過ごして言葉を交わすことよりも、データの共有でつながりを感じることが、「友だち関係」になってしまいそうな勢いです。顔がどうとかだけじゃなくて、「イイネ」や「インスタ映え」も大切なら、アトピーを気にしないで良い時代なのかもしれません。
posted by nori at 22:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 心療皮膚科