2016年09月30日

三ツ石山の紅葉

三ツ石山は、岩手山から八幡平の方面である「裏岩手」にある山です。標高は1466メートルで、岩手県では一番早く紅葉が始まる山として知られています。一昨日の岩手日報の一面で紅葉が紹介されていたせいか、平日にも関わらず沢山のハイカーでにぎわっていました。この山はリフトのある網張や、自然保護のために閉鎖された奥産道側から登る人が多いのですが、この山頂で満足してしまうのは、実はもったいないのです。さらに奥に進んでいくと、小畚(こもっこ)山に行くのですが、ここまでの稜線が絶景ポイントになります。

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避難小屋のある、三ツ石湿原。向こうに見えるのが三ツ石山で、30分ほどで着きます。ちなみに、ここの小屋は薪ストーブもあって人気です。

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振り返ると、男前の岩手山が。

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三ツ石山の山頂。ここは風の強い日が多いのですが、今日はまことに穏やかでした。

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小畚山に続く道です。

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やっぱり振り返ると、岩手山ですね。
posted by nori at 22:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 岩手の絵日記

2016年09月19日

人生が変わった!

スクールカウンセラーに行っている中学校で、職員室でとなりに席がある先生が昼休みに「猫背を直そう会」を開いてくれました。最初は、ひとりで腕を上げて背もたれで猫背をゆるめる方法を教えました。「楽になった人は手を挙げて」で挙げてくれた子が、ちらほらいました。先生に誘われたので遊びに行きたいのをガマンして来た子もいれば、面白半分でふざけている子もいます。昼休みは短いし、これではちょっとインパクトが弱いかなと思ったので、私が一人ずつ援助することにしました。椅子でいったん背中を反らしてからゆるめる課題を、ひとり30秒くらいずつで、どんどん体験してもらいました。

最初は男子がどんどん来て、「おー、なんだこれは……」と言ってくれる子もいました。中には中学生なのに、ものすごく猫背を堅くしている子もいて、びっくりしました。男子がひと通り済むと、こんどは女子が並びました。どっちかと言えば女子の方が真剣で、上手だったような気もします。終わってから「あ〜っ 人生が変わった!」と言い出す女子がいて、先生がとても興味深そうに話を聞いていました。「はて、30秒かそこいらで、人生が変わるとは?……」という感じでしょうか。

でも私にしてみれば、猫背を堅くしてうつむいているのと、背中を気持ちよく伸ばしてタテにしているのでは、人生がまるで違います。これを言葉で説明しても通じにくいけど、一度でも体験してみればよく分かります。まだ素直な中学生だと、こんな短時間でも、劇的な変化があるのかもしれませんね。身体の使い方に興味を持ってくれる人が増えると良いな、と思っています。
posted by nori at 23:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 臨床動作法

2016年09月10日

の・ようなもの のようなもの

なかなかいい加減で、ナイスなタイトルですね。森田芳光監督が亡くなってから、森田組のスタッフ・キャストが集まって、「の・ようなもの」の35年後を描いた作品です。私は「の・ようなもの」は見ていないのですが、こちら単体で十分に楽しめる、よい映画だと思いました。

ひとことで言ってしまえば、落語一門を舞台にしたコメディです。大昔に一門から突然に行方をくらました、「志ん魚」(しんとと)を一門会に引っ張り出すべく、マツヤマケンイチ演じる志ん田(しんでん)が奮闘します。この志ん魚さん、ふだんは誰にでもフレンドリーかつ好き勝手な言葉をかけるのですが、高座に上がると客の視線が脳に刺さるように感じて(一言もそんなことは言ってませんが、私が勝手にそう思うだけです)、何も言えなくなってしまうのです。客から良い具合にヤジられて、やっと声を発することができる始末です。一門の兄弟子たちが、「オレたちは、あいつを対人恐怖症ってやつにしたかもしれない」と責任を感じていました。

高座に上がって「……暑いね」とひと言つぶやくだけで、客がドッと笑う。そんな噺家は客を「呑んでいる」のだと思います。客席に目を向けた瞬間に、自分の世界に引き込んでしまうのですね。ところが志ん魚さんのように(志ん魚さんは対人恐怖症ではないと思います)、客に呑まれてしまっている噺家もいます。だれとは言わないけど、寄席で目の当たりにして「あ〜、呑まれちゃってるな」と、ちょっと気の毒に思ったことがありました。おそらくは上手くやろう、受けてやろうと思うあまりに、自分を失くしてしまうのですね。

かたや志ん田は大卒の脱サラ組で、四角四面の性格です。額縁がナナメに曲がっていれば、直さずにはいられない。「小学生が作文を読んでいる」ような、ちっとも面白くない落語をします。昔は弟子入りしようと師匠の門を叩けば、「お前さん、道楽は何をしなさったね」と聞かれたそうです。道楽とは早い話が飲む、打つ、買うの類で、たいがいはそれで身を持ち崩して、食い詰めたような人が噺家になったのでしょうね。食っていくのが大変だから、よほど酔狂な人じゃないと噺家などには、ならなかった。そういう人は失くすものがないし、修行にも身が入ったのでしょう。破れかぶれの凄みが、笑いにつながりもする。大学を卒業して堅気に生きて来た志ん田などは、ファンキー成分に欠けているわけです。それが志ん魚と一緒に暮らしているうちに、彼のファンキー成分を吸収していきます。人間、こんなに簡単に変わるのだったら、苦労はないんだけど……。まあ映画ですから、楽しんでください。
posted by nori at 00:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画に見るこころ