2016年11月04日

心理療法のパラダイム転換

10月28日から30日にかけて長野市で開催された、日本臨床動作学会と同学会が主催する研修会に参加しました。岩手ほどではないにしろ、肌寒い気候は東京などから来られた方々にはこたえたようです。どういうことか、私がホテルを探したときには長野市内のビジネスホテルはどこも空いておらず、かと言って深夜まで歩き回るのが分かっているのに宿坊を予約するわけにもいきません。結局、バックパッカー向けのゲストハウスに泊まりました。古い民家を造作して、木材で仕切ったカプセルホテルのような造りです。同室者はオランダから来た青年とかでしたが、みんなマナーが良くて快適でした。

さて今回は森田療法の第一人者の北西憲二先生と、動作法の成瀬吾策先生が対談をされました。対談に至る経緯が鶴光代先生から紹介されましたが、北西先生が成瀬先生の著作にほれ込んで「季刊 精神療法」(金剛出版)で書評をしてくださったそうです。もともと森田療法も臨床動作法も、メイド・イン・ジャパンの心理療法ということで共通しているわけですが、それ以上に共通点が数多くあり、目指しているところ、やっていることはほぼ同じではないかとの北西先生の見解が語られました。

ご存知の通り、森田療法は森田正馬(もりた・まさたけ 1874〜1938)によって創始された、主として神経症に用いられてきた心理療法です。「とらわれ」や「こだわり」から自由になって、「あるがまま」に暮らす知恵と言えるでしょう。「知識」ではなく「知恵」なのは、森田自身が死の恐怖に怯えてきて、いかに平常心を保つかをテーマにして実践を積み重ねたからです。「あるがまま」を観念的な理想像ではなくて、身体感覚に根ざすありようとして獲得してゆくのが森田療法の特質かと思います。いまは外来での治療も行われているようですが、もともとは入院治療が原則で、「絶対臥褥(がじょく)」と言ってただ寝るだけの時期や、作業をして過ごす時期などが設定されます。つまりクライエントに「体験」をしてもらうわけで、そこも臨床動作法と共通しています。もう一つのメイド・イン・ジャパンの心理療法として、内観療法があります。私は詳しくはないのですが、やはり内観という「体験」をクライエントにしてもらいます。

20世紀に心理療法のメインストリームとして君臨していた精神分析は、「私」を理解する作業に熱中してきました。認知行動療法は「私」を理解して(教えてもらって)行動する、でしょうか。ユング派の人たちは、「私」を癒したり成長させることを考えてきたように見えます。心理療法とはそういうことであって、当たり前の話なのですが、私にはそれが曲がり角に来ているように見えます。

いまの時代は、「私」が怪しくなっているのです。ひとつはコンピュータによるITで常に情報交換をしたり仮想現実に身を置くことで、言ってみれば自我機能が拡散していること。そして解離性の障害が増えており、また解離していることを「ふつう」に受け取る人もいることからも、「私」を中心に据えた心理学には限界があるように見えます。そして内省という作業に目が向かない人たちも、増えてきました。

心理療法は「私」という主語から「体験」という術語に、体験の「内容」から「様式」に、パラダイム転換が必要な時代ではないでしょうか。その中軸を担うのがメイド・イン・ジャパンの臨床動作法、森田療法、内観療法ではないかと……ちと話が大き過ぎますかね?
posted by nori at 00:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 臨床動作法