2017年09月19日

チャーリー・クリスチャン

歴史に「タラレバ」を持ち込んでも意味がないとは言われますが、もしモーツァルトやベートーベンが10年遅く生まれていたら、音楽史はずいぶん違うものになっていたでしょうか。いや10年くらい遅く生まれても、モーツァルトは「モーツァルト」になっただろうし、ベートーベンは「ベートーベン」になっていたと思います。でもチャーリー・クリスチャン(Charlie Christian 1916〜1942)は10年遅れて生まれていれば、「チャーリー・クリスチャン」になってはいなかったでしょう。

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チャーリー・クリスチャンはスイングの王様、ベニー・グッドマン(cl)のサイドマンとして世に出ました。まだあからさまな人種差別があった時代で、同じバンドで白人と黒人が演奏することを快く思わない聴衆も多かったと思います。お金にシビアというか、がめついことで有名だったグッドマンがそれでも黒人を雇ったのは、よほど光るものがあったのです。彼はエレクトリック・ギターをいち早くジャズに持ち込んで、管楽器のようにソロをとりました。しかもレスター・ヤング(ts)のように小節を越えたフレーズなどで、モダン・ジャズの先駆けとなる画期的な演奏をしました。その後のギタリストたちに、多大な影響を与えています。結核のために、26才で亡くなっています。したがって鑑賞に耐えられないような音質の録音が、わずかに残っているだけです。これらのどれもが10年遅かったら、そうはなっていなかったのです。

結核を患って医者から養生を勧められてもヤクとオンナは止めなかった、破天荒なミュージシャンでした。白状すれば、私は一枚もレコードを持っていません。有名な「ミントンハウスのチャーリー・クリスチャン」はジャズ喫茶では何度となく聴いたけれど、とにかく音がすさまじく悪く、オーディオセットが壊れたかと思ってしまうほどでした。あと20年、いやせめて10年長生きして録音を残しておいてくれれば、レコード棚に何枚かは収まっているのになあ……と思います。