2018年01月21日

野の医者は笑う / 東畑開人

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 この本は同業者のあいだで、「すごく面白い」ということで評判になっていました。かなり怪しげなタイトルですが、心理学では老舗の誠信書房から出版されていて、書店では専門書のコーナーに置かれています。いざ読みだすと、本当に面白くてどんどん読んでしまいます。飲み食いしながら読んでも胃もたれしない誠信書房の本は、これが初めてではないでしょうか。そんな著者の軽快な筆さばきというか、表現力にはまったく感心してしまいます。心理学の専門書にありがちな「沈思黙考」というよりは「欣喜雀躍」、あるいは「観念奔逸」などという躁状態を連想してしまいました。

 「野の医者」とは「占い系」や「スピリチュアル系」など、アカデミックな臨床心理学の教育や訓練を経ないで「心の癒し」に携わっている人々のことを指しています。著者は沖縄の精神科クリニックを退職してからの求職期間中に、「野の医者」たちのイベントに参加し、自らセラピーやワークショップを受け、インタビューやアンケートを行います。そうした一連の調査は「外側から」ではなくて、文化人類学的な手法で「中に」どっぷり浸かって行われています。そして「野の医者」の介入方法が、臨床心理学の専門用語で記述されているわけでもありません。「野の医者」にもクライエントにも、臨床心理学になじみがない人もいるのですから、関連している人すべてが理解できるように書かれているのは、フェアな態度だと感じました。
 
 著者はまだ30そこそこの年齢で、この本を書いています。大学院の博士まで出ているので、臨床についてから数年でしょうか。たいがいの人は実践の積み重ねの中で、セラピストとしての個を確立するのに四苦八苦している年代と言えるでしょう。「野の医者」と「臨床心理士」の共通点や違いを明らかにする試みは、セラピストとしての個を確立する過程の、アクティング・アウトと言えるかもしれません。青春小説のような趣が、この本には満ちています。京都大学教育学部と言えば難関であることはもちろんですが、日本の臨床心理学を作ってきたようなところです。そこで学んで博士号まで取得して、毎年のように学会誌に論文が掲載されていた著者は、「ウマのホネ」どころではなくてダービー馬でしょう。それにあぐらをかかないで、迷うことのできる知性には拍手を送りたいと思いました。

 実用的な価値はまるでないけど、面白く読めて、考えるタネになる本でした。
posted by nori at 22:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 臨床心理学の本棚