
大型書店に行くと、心理療法やカウンセリングのコーナーをひと通り眺めます。専門書は学会に出向いたときに出版社のブース買うことが多いのですが(割引価格で送ってもらえます)、すぐに読みたい本が出ていると書店で買うことになります。それにしても精神分析からユング派、ヒューマニスティック心理学、実存学派、行動療法、催眠、認知行動療法……と、まさに百花繚乱の世界です。「コレで生き方が変わる」と称する実用書の類はともかくとしても、ぶ厚い専門家向けの指南書や研究書が並んでいて、いったい誰が買っていくのだろうと思ってしまいます。
そんな中で、ずばり「セラピスト」というタイトルは異色を放っていました。案の定いわゆる専門書ではなく、ジャーナリストが取材をしてまとめた本でした。著者自らが患者として治療を受けたり、心理療法を学ぶために大学院で学んだり、あるいは中井久夫先生にセラピストとして描画で関わったりと、当事者からの視点も交えています。ジャーナリストの視点から、あるいは当事者(それもクライエント/セラピストの両面)の視点から、多面的に心理療法の世界を浮かび上がらせようとする姿勢は見て取れました。悪く言えば視点が定まらずに中途半端なのですが、面白そうなので買って帰りました。
家でひもといてみると、色々な感想が浮かんで来ました。たしかに境界例(境界性人格障害)の人たちとは、めっきりお目にかからなくなりました。病態が境界水準と言われていた摂食障害の人にも、会うことは少なくなりました。それにしても精神医学は、どこに行ってしまうのか? 生物学的精神医学とは言うけれど、病理にも精神療法にも入れ込まずにDSMで診断をつけて薬を出すだけなら、ただの薬屋さんではないか? 精神科は深夜に呼び出されることもないし、高額な医療機器を入れなくても開業できるし……なんて理由で精神科に入局した医師が、薬物療法で何本か論文を書いて一人前のになっていくのでは、精神医学の未来も暗いと思ってしまいます。
「中井久夫」は統合失調症の研究や風景構成法で高名な精神科医で、私もひそかなファンの一人ではありますが、学会などで拝見したことはなくて、書物の中でしか知らない人です。その中井先生が描かれた風景構成法が口絵に載っていて、これが何とも味わい深いです。ご本人は「年寄りの絵だ」と言われていますが、瑞々しい年寄りにしか描けない絵のような気がします。深くて、広くて、遊びごころもある。こんな絵を描けるような「年寄り」になりたいものです。