長谷川和夫先生と言えば「長谷川式簡易知能評価スケール」の生みの親で、認知症研究の第一人者として高名な精神科医です。思えば精神病院で働いていた若かりし頃、「長谷川式」をずいぶんやらされました。短時間で施行できる、言語性(言葉のやり取りで行う)のテストで、記銘力や見当識などを測ります。当時は「認知症」ではなく「痴呆症」と呼ばれていましたが、脳細胞が委縮するアルツハイマー病よりも、脳血管性のものが多いとされてました。
「やった」とか「お世話になった」ではなくて、「やらされた」……。「渋々」とか「嫌々」のニュアンスがつきまとうのは、嫌だったからです。面倒くさいとか保険診療の点数にならないとか、そういうことではなくて、「申し訳ない」のです。自分よりはるかに経験を重ねてきたお年寄りに、子供だまし?のような簡単な質問をするのです。簡単なはずなんだけど、面と向かって訊かれると答えるのが難しくて、困惑してしまう。その様子を見るのが、何だか心苦しい。そんな感じでした。こんなことをしなくても、日常生活を観察していれば分かるだろうに……と思っていました。
その長谷川先生が認知症になられて、テレビに出ていらっしゃいました。「認知症の研究者が自分で認知症になったのですからね、こんなに確かなことはありません……」などと、認知症を語る活動をしていらっしゃいます。嗜銀(しぎん)顆粒性認知症と言って、80代、90代になって発症するタイプでず。「日常の確かさが、だんだん失われて行く」など、ご自分の状況を客観的に観察して、述べていらっしゃいました。色々と印象に残る場面はあったのですが、とくに「長谷川式」については、「いきなりやるんじゃなくて、ちゃんと信頼関係を作ってからにして欲しい」とおっしゃっていました。そうなんです。「いきなり」やらされたのが、嫌だったのです。作った人はきちんと考えていたのに、それを無にしていたのは私を含めて、医療の現場だったのです。
老年期の精神医学のトップランナーでいらっしゃった長谷川先生は、病名を「認知症」にして、家族のためにデイケアも始められました。いまも「戦場」と呼ぶ書斎で論文を書かれています。ダンディでユーモアを愛するお人柄が、多くの人を引きつけて世の中を変えて来たのだと思いました。
2020年01月21日
この記事へのコメント
コメントを書く
この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/187063861
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。
この記事へのトラックバック
http://blog.sakura.ne.jp/tb/187063861
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。
この記事へのトラックバック