
初めてこの本を読んだのは、精神病院に勤めたばかりの頃でした。その病院では月に一度くらいの事務当直があった(というか、させられていた)のですが、時間を持て余すと医局に忍び込んで精神医学の雑誌をひろい読みしたり、お菓子を失敬したりしていました。そんな時に、診療新社という出版社から出ていた小さな本に目を通しました。その時は「第一歩にしては、ずいぶん面倒に書かれているな」と感じました。正直に言ってあまり良い印象は受けなかったし、成田善弘の名も記憶には残りませんでした。
しかし数年後にこの本の著者であるとはつゆ知らず、先輩に誘われて成田先生の勉強会に出るようになりました。そして患者に共感して言葉と心の深みに降りていくような成田先生に、少しでも近づきたいと思うようになりました。多少なりとも治療の経験を積んでいたこともあって、今度は同じ本を読んでも、ポイントをつかんで平易に書かれていると感じました。スタンダードとして、折に触れて読み返す本になっていきました。
ところで本書では治療の終結について、述べられていません。また「あとがき」もなく、少々唐突な閉じ方を感じていました。深読みに過ぎるかもしれませんが、成田先生にとっての「別れ」が、いったいどのような体験になっているのか、興味を感じていました。違う出版社から増補版が出たと聞いて、書店で手に取ってみましたが、精神療法の終結とあとがきの加筆はなかったと記憶しています。
あとがきは本の成り立ちが述べられるだけではなく、読者への謝意や言い訳や惜別など、著者の感情が沁み出てくるところです。処女出版ならなおのこと、つのる想いがあったかもしれませんが、それを抑えたところに成田先生のダンディズムを感じ取るべきかもしれません。(新訂増補 精神療法の第一歩 成田善弘著 金剛出版)