2009年09月09日

原因追及は役に立たない

 子どもが学校を休み出すと、家族や先生など周囲の大人はその原因を探そうとします。いじめられているのではないか、勉強が嫌いなのか、友だちと何かあったのではないか……。

 当の本人は、学校を休む理由をはっきりあげることは、まずありません。でも「学校を休むからには、何か理由があるんでしょ、言ってごらん」と詰め寄られて、たとえば「部活が嫌だ」などと言うことはあります。大人の感覚では「部活が嫌なんだったら、別の部活にすれば良いことでしょ」と言う話になるのですが、それではらちがあかないことが多いのです。

 私たちは何か困ったことが起こると、その原因を取り除いて解決をしようとします。「科学的」な解決法、と言えるかもしれまえsん。たとえば腕時計が止った時には、この「原因 → 結果」の因果律が有効です。まず大方の原因は電池が切れたためであり、電池の交換で動き始めるはずです。その他の原因であれば修理が必要ですが、いずれにしても時計店に持ち込めば故障の原因と解決策は提示されるでしょう。

 因果律が有効なのは、腕時計というシステムが湿気やゴミなどの外部からの影響を受けないように、閉じられているからです。ところが個人、あるいは家族、学校というシステムは、閉じられていません。人の縁はどこまでもつながっていますし、誰かの行動は何かの原因でもあるし結果でもあり、一つの原因から多くの結果が生まれるしで、因果律で理解しようとしてもわけが分からないのです。そして人の感情や行動は、機械のように具合の悪い部分を取り替えるわけにもいかないのです。

 じゃあどうしたら良いんだ、と言う話はまた後にすることとして。学校を休んでいる子どもに、大人の方からその理由を聞き出したり、問い詰めたり、あるいは責めたりしてもあまり良いことはないようです。 
posted by nori at 07:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 不登校
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