
「甘えの構造」で知られる土居健郎先生の、最後の論文集です。晩年は闘病生活を送られていたはずですが、相変わらずの本質をわしづかみにするような切れ味に魅了されてしまいます。たとえば、
「しかし精神医学が自然科学だけではたして用が足りるのか。自然科学がいけないのではない。ただ、自然科学的に実証できないものは客観性が保証されないとする自然科学的世界観、言い換えれば、自然科学の方法こそが唯一確実な真理探究の道であるという世界観が問題である。(中略)なるほどコトバは欺くこともあろう。しかし欺いていると認識するのもコトバによるのである」(第4章 コトバの問題 より)
とあります。
こうした鋭い論述の一方で、症例の報告では一精神科医としての臨床が語られています。もっとスマートな診療をなさっていたのかと思っていましたが、泥臭いうか、ドグマに縛られないアプローチをされていたようです。「結婚しろと猛烈にけしかけた」とか、「かなり本気で叱った」とか、まず読んでいて面白いです。
(臨床精神医学の方法 土居健郎著 岩崎学術出版社)