2024年01月30日

あいまいな日本語

集まりがあると、それぞれ自己紹介をすることがあります。「○○の○○です。……よろしくお願いします」という感じですが、みなさん必ず「よろしくお願いします」で終わるんですね。何をよろしくなのか、だれによろしくなのか、何か意図をもっているけど濁しているのか、何だかわかりません。かりにメンバーが15人いるとしたら、「よろしくお願いします」に4秒使ったとして、1分間ムダになるわけです。自分がリーダーのときに、その理由を説明して「よろしくお願いします禁止令」から始めたことがあったのですが、みなさん居心地が悪そうだったし、つい「よろしくお願いします」と言う人もいて、そんなことにツッコミを入れるのも大人気ない気がして、ああまたヘンなことを言ってしまったと思うわけです。

ニュースを見ていると、不祥事の記者会見を締めるときに、雁首揃えて「申し訳ございませんでした」と頭を下げるのが定番になっています。この人たちがしたことでもないんだろうし、なぜ謝るのか? 自分たちに落ち度があって、その責任を取ると言っている……のではないのですが。だれに何の責任があるのか、ないのか、あいまいにしたまま「申し訳ございません」で済ませようって魂胆なのか? 記者会見は報道機関に広報する場なので、謝罪するのは変じゃないかと思うのですが。記者もまた責任を問うような質問をする人がいて、あたかも「公開処刑」のような感じになります。そして、それで済ませてしまうということなんでしょうか。

もっと気になるのが、政治家や行政がすることに異議があると、「ていねいな説明が求められている」という言葉で締めることです。やることの是非が問われているのに、「説明が足りない」ことにすり替えられてしまっています。ていねいに説明さえすればオッケーということで、「良いこと」になるのです。こうなると「あいまい」を通り越して、忖度とでも言えば良いのでしょうか、明確な意図を感じます。

こんなことを気にするのは、私だけでしょうか。
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2023年12月18日

ゆるっと画

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「ゆるっと画 素朴な民画を楽しむ」の展示会が、奥州市の「えさし郷土文化館」で開かれています。「ゆるっと画」とは芸術的な絵画ではなく、信仰や地域行事などのためにか描かれた絵画、お土産品や護符、陶磁器の絵付けなどの量産画などで、美術館の展覧会などでは見ることができません。「美」を追求したわけでもなく、「術」を凝らしたわけでもなく、「念」そのものを絵にしたような素朴さが特徴です。たとえば狩野派の絵師は手本を徹底的に描写しましたが、神官や僧侶などが地域の人たちに頼まれて描いた絵は、想像したことをそのまま描いていたりします。

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たとえばこの絵では、刀鍛冶の神様(荒神さま?)と、鬼と刀鍛冶が力を合わせていたりします。描写がゆるいとかユーモラスというだけではなくて、神と人、生と死、人と動物の境界がゆるい。そういうところにも惹かれました。

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ユングが好きな人ならご存じと思いますが、これは「十牛図」の九番目で、悟りの境地に達したところです。悟りとは「自然」だけなのでで、人物は描かれないのですが、ちゃっかり自分を入れちゃっているのが微笑ましいですね。

昨日はそのトークイベントがあり、奥州市地域文化研究所の宮本升平さん、えさし郷土文化館の野坂晃平さんの対談を聴いてきました。お二人のオタクトークが炸裂して、これがまた凄かったです。博識ぶりもさることながら、その熱量にも圧倒される感じでした。
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2023年07月19日

ブライアン・メイのインタビュー

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クイーンのギタリスト、ブライアン・メイ氏も75歳。天体物理学の博士号をもっていて著書もあり、自然保護の熱心な活動家でもあります。私はクイーンが活動していたときはレコードやCDを買うことはなかったのですが、ラジオで聴くことはよくありました。そう言えばフレディ・マーキュリーの映画も、観ましたね。お父さんと自宅の暖炉を加工してギターを作ったとか、たしかピックにはコインを使っているとか、ユニークな人です。サウンドも独特で、細い弦を張って派手なチョーキングをしたり、エフェクターを内臓したようなギターの多重録音をしてシンセサイザーのような音を出してみたり、ギター訓練に明け暮れて速弾きに命をかけるようなタイプとはちょっと違います。

彼がNHKのインタビューを受けていたときの発言には、大いに共感するところがありました。
「インターネットやSNSのために、いまは人が人に厳しくなっている。喜びや愛を分かち合えないのは悲しいことだ。チャットGPTは恐ろしいい。私たちにできるただ一つの対抗は、集って交流することだ」といったことを話していました。まったくその通りだよね、うん、うん……と思うのですが、彼も私も「老人」のポジションになってしまったような感じがして、ちょっと残念な気もしてきました。「まったく、嫌な世の中になったもんだ……」とグチをこぼしているようにも聴こえます。いやいや、彼も素敵な年の重ね方をしている人ですね。見習いたいものです。
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2023年05月27日

少子化と地域の安心感

「少子高齢化」が長く続いて、「無子単身化」が続く日本。政権はお金をつぎ込んで子どもを増やそうとしていますが、その効果については、疑問視する意見も多いようです。若い人たちが「家族が増えると楽しい」よりは、「いま生きるだけで精一杯」だったり、「増えない方が心配が少ない」というような世の中になっているのではないでしょうか。

「少子化マインド」は、戦後の復興、高度成長の後遺症ではないかと考えます。戦前の家長制度が廃止されて、「家」のあり方が大きく変わろうとしたときに、その受け皿になったのが「会社」だったように思うのです。しっかりした会社に入れば、衣食住の心配がないだけではなく、家族まで含めた福利厚生がありました。定年退職するときには退職金と厚生年金、あるいは企業年金も用意されていて、老後の心配もない。結婚をしたら家を買って、ローンを返しながら定年を迎えるまで必死に働く。その間、「家族」や「家庭」はないがしろにされていました。家族との暮らしそのものを楽しむよりは、仕事で業績を上げるとか、単身赴任をしてでも昇進を望むとか、個人の達成や組織への貢献が重要視される時代。個人主義とは言いますが、家族で支え合うことを忘れてしまったかのようです。

親戚づきあいや、地域での交流、そして宗教も、「会社」の前では無意味になっていたと思うのです。もっとも宗教に関して言えば、日本の僧侶は宗教家というよりは葬祭業者になってしまっているので、これは江戸時代からの引継ぎです。そしてインターネットとSNS、ゲームの流行による、「対面」と「会話」の激減。そこにコロナが追い打ちをかけました。このごろ何だか、ヘンな事件ばかりが増えていると思いませんか? 安心感が減っていると思うのです。だれがどんなことを考えていて、いきなり何をしだすか分かったものではない、それは怖いことです。地域の中でちょっとした会話があるだけで、ずいぶん違うと思うのですが……。

いま自分がしていることは、散歩などで会った人に、なるべく話しかけることです。今週は川べりでナマズ釣りをしていた人、スケボーで遊んでいた中学生、飼い猫と(!)散歩している人……ちょっとした会話でした。だれかれかまわず話しかける、ヘンなおっさんと思われるかな?
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2023年01月27日

寒い!

ここのところ、大寒波の襲来ということで、寒い日が続いています。朝に出かけるときは、マイナス10度以上に冷え込んだ日もありました。今月の電気代は、いったいいくらになるんだろうとご心配の方もいらっしゃると思います。中学校の職員室で「昨日はウチの夫が一大事だって言うから、何だと思ったら先月の電気代が7万いくらだって。夫婦二人になったのにね。あんたが夜更かししてるからだって言ってやったんだけど……」と、話している先生がいました。オール電化だと、電気代がそういうことになる家もあるらしいです。高気密、高断熱で建てられているのに、古い木造家屋だとどうなるのでしょうか。

ご承知の通り、ただでさえウクライナ戦争と円安などのために光熱費は上がっていたのに、この寒さです。うちは灯油、プロパンガス、電気のハイブリッド?なので、オール電化ほどではないけれどやはり光熱費は上がっています。そんなことを気にせずに暮らせる人、他のことをガマンしなくてはいけない人、暖を取れない人、いろいろだと思います。恵まれている人たちが省エネをしないと、エネルギーの価格が上がってしまい、恵まれない人たちにしわ寄せがいくという構図もあります。

古今亭志ん生の「火炎太鼓」には、こんなくだりがあります。道具屋のおかみさんが、どこかぽーっとした亭主に文句を言うのですが……。「お前さんは、売らなくちゃいけないものを売らないで、売らなくていいのを売っちゃうんだからねえ。去年の暮れだってそうじゃないか、向かいの米屋の旦那がうちの火鉢を見て、甚兵衛さんこれ良い火鉢だねって言われたもんだから、良かったらお持ちなさいよなんか言って。それで向かのうちに暖まりに行っちゃったりなんかしてさあ。だから旦那がそう言ってたよ、何だか甚兵衛さんと火鉢を一緒に買っちゃったようだって」。いくら江戸(東京)とは言え、温暖化前の気候で、すきま風だらけの家で、火鉢で手を温めるのが関の山だったわけです。服装も綿入れを羽織るくらいがせいぜいで、足袋というのは贅沢品だったでしょうから、裸足だったのではないでしょうか。

私の世代は、親世代の人たちから、シベリアに抑留されていたときの体験を聴くことがありました。小学校の先生が授業中に、知人の話としてこんなことを言っていました。「凍え死にしそうになってたどりついたのに、すぐに暖かい部屋には入れてもらえない。少しずつ暖かいところに移してくれて、やっと暖かい部屋に入れてもらった。そうしないと、鼻がもげてしまうと後で聞かされた」と。こういう話は、なぜか強烈に憶えているんですね。そういう環境にいると、寒さに強くなるらしいです。シベリアから帰って2,3年は、冬でもみんながびっくりするほど薄着でも平気だったとか。でも、そのうち平均的な日本人に戻るそうです。

私が子どもの頃は、家全体を暖めるという発想がありませんでした。さすがに石油ストーブはありましたが、家に二つだけだったように思います。練炭ひとつしかない座敷で食事をしていたし、コタツしかない居間でテレビを観ていました。ダルマさんのように着込んでいたのも、憶えています。夜は家族それぞれが「湯たんぽ」を持って寝床に入りました。それを思えば、暖房しなくても暮らしていけるでしょう。でも猫のエリックはどうなるんだろう? もとは野良とは言え、老いてから急に耐寒生活をさせるのも気の毒です。いやエリックが暖房器具になってくれるのかな。そんなことを、ツラツラ考えています。
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2022年08月26日

引退、したいですか?

私の年代になると、引退している人もいます。病気で働けなくなったとか、親の介護に追われるようになったとか、働けない事情があるわけではないけれど、ほぼ毎日家にいる暮らしです。定年が延長された65歳や、70歳まで働かなくても、お金の見通しがついているのでしょう。経済的に恵まれているのはうらやましくもあるけど、さりとて自分がそうなりたいかと言われれば考え込んでしまいます。SNSをのぞいてみれば、サンデー毎日(←古い!)で時間と元気を持て余している人たちが、どこそこに遊びに行ったとか、何とかというお店の何を食べたとかで盛り上がったりしているわけで、「楽隠居ではボケちゃうよ」なんて、およそ心理屋らしくもない独り言が出てきます。

私が若いころは、転職などと言うことは簡単に考えるものではありませんでした。就職したら「マジメに働いて結婚して定年を迎える」のが、自動的に浮かんでくる人生設計です。定年もたしかまだ50歳台で、60歳にも達していませんでした。いまや70歳まで延びるかどうか、というところです。だから同年代の人たちは、マラソンを走り出したらゴールが2k先に延ばされ、後半に3km先に延ばされ、ゴールしたら「もう3km走っても良いよ」と言われるようなものかもしれません。

いま「FIRE」(Financial Independence, Retire Early)、つまり「経済的に自立して早めに引退する」という言葉をネットで目にします。つい昔の「DINKS」(Double Income, No Kids)「共働きで子どもなし」を思い出してしまうのですが、アメリカの世相を反映しているのでしょうね。経済的に活況で金利も高いいまのアメリカで流行っている言葉を、そのまま持ち込むのは軽薄だとは思いますが、日本でも「悠々自適」に憧れる人がそれだけ多いということでしょう。

ただし、単に「働くのがイヤだから」で引退を目指してしまうと、「金を貯めなくていけない」になります。「もっと働こう」とか「支出を抑えよう」になって、要するに「ガマンを止めるために、もっとガマンをする」ということになってしまいます。そうなってしまうと、もうまるで素敵ではありません。

ちょっと前の放送でしたが、九大の教授を退官されてから大分県の飯田高原で訪問診療を続けている、野瀬善明医師のドキュメンタリーをNHKで観ました。「黄昏高原診療所」というタイトルだったと思います。村人たちと一緒に年を取っていくのは、究極の臨床だと感じ入りました。もっと印象的だったのは「こういうところで自然を相手に暮らしていると、自分も自然の一部になっていって、死ぬのが怖くなくなる。だからここの人たちは、みんな元気ではつらつとしている」という野瀬先生の言葉でした。老年期の発達課題は、「死を自然なものとして受け容れる」ということかもしれませんが、期せずしてそうなっているわけです。田舎にいる、というだけで。

若くて元気なのに引退を望むのは、もしかしたら都会のビョーキかもしれないな、と思ったりします。「お金を貯めてから引退しよう」とガマンせずに、田舎に移住してしまった方が良いのかもしれません。もっとも田舎は田舎でガマンすることがあるのですが、インターネットなどのおかげで田舎特有のものはずいぶん減っているように思います。それに少子高齢化と過疎のおかげで、東京モンもガイジンもみんなウェルカムになりました。「引退したくなったら、田舎においでよ」、でしょうか。
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2022年04月17日

プーチンのウクライナ侵攻

戦争ほど、悲惨なものはありません。

ロシアのウクライナ侵攻は、NATOの東方拡大を口実にしていますが、そうではないでしょう。いみじくもプーチン自身が言っていたように、ロシアは核兵器を大量に所有しています。ウクライナがNATOに加盟したとしても、ロシアがNATOから直接攻撃を受けるリスクは限りなくゼロに近い。

プーチン大統領は東からじわじわと自由主義の空気が広がってくるのを、恐れていたのではないかと思います。自由主義では「強い人」が王様になるので、そのときに「強い人」が交代で王様をしていれば良いのです。金権政治とか、ツィッターで「強さ」を獲得したアメリカのトランプ前大統領とか、それなりに嫌らしさは満載ですが、それでも政権交代する健全さはあります。

でも共産主義は「正しい人」が王様になるので、その「正しさ」を盤石にしないと政権が保ちません。だから「正しくない人」は、強制収容所に行かされるか粛清されます。結果的に、「正しい人」の長期独裁政権になります。それでも反対者を警察で取り締まって、常にビクついていなくてはなりません。ウクライナの大統領はアソコでピアノを弾く芸人だったそうで、人気者が大統領になるような世の中は断じて許せないでしょう。

プーチンが戦争を始めたは、第一には自身の政権を維持するためでしょう。その他に政治的信条なのか郷愁なのか分かりませんが、ソ連大国主義への回帰があるのかもしれません。独裁者を長いことしていたせいか、人を信じないし人の話も聴けない。「正確な情報を伝達しなかった」ことに立腹して、150人の官僚を追放したそうですが、「どうしてみんな、正直に話してくれなかったんだろう」と考えることもできなくなっています。こうなったのはプーチンに依存して、長期政権を容認してきたロシアの人々の責任もあると思います。

インターネットで即時に大量伝達できる時代には、民衆の感情が「強い人」を作っていきます。都合の悪いことは隠したり、武力で言うことを聞かせるのは旧時代の手法です。それに独裁政治は支配する者もされる者も、幸福にはしないでしょう。地球規模の問題は、コロナだけではありません。資源の枯渇と環境汚染に立ち向かい、人類を持続可能なものにしていかなくてはなりません。そのために、ともに手を取り合っていく時代を迎えたいものです。

そのためには、まず私たちも政治に関心をもって、具体的な活動をしてゆくことが必要だと思います。「どうぞ批判してください。それでもっと良いものにしていきましょう」というのが民主主義であって、力で批判を封じ込めようとする政権も、批判のための批判に堕している野党も、両方とも情けない。選挙では「よろしくお願いします」と名前を連呼するだけで、判断材料がありません。不満や要望があっても、黙っているだけの人々。そう考えると私も偉そうなことは言えないのですが、政治への無関心が独裁を生み、独裁が戦争を引き起こすのだと思います。
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2021年05月11日

写研のこと

「2024年から写研とモリサワが共同で、OpenTypeフォントの開発をする」というニュースを目にしました。文字のデザインや印刷に興味のない人はどうでも良いことですが、私はこの「写研」の元社員で、大学を卒業してからの2年弱をお世話になっていました。本当に「お世話になっていた」で、就職にあぶれたのを拾ってもらいました。また会社員としての仕事や生活を体験して、良い社会勉強をさせてもらいました。

ご存知のように文字を大量に印刷する技術は、鉛の活字を組み合わせて紙に押しつける活版に始まりました。写真植字は文字を写真に撮って、ネガのガラス盤に露光して印画紙に文字を焼きつける技術です。レンズを切り換えることで文字の大きさや形を変えられるし、歯車で文字の送りも調節できるので、地図やマンガ、チラシなどの特殊な印刷物から利用されるようになり、次第に本文組にも使われるようになりました。

この仕組みは石井茂吉と森澤信夫が1926年に設立した、「写研」の前身である「写真植字機研究所」によって開発されました。後に森澤氏は袂を分かって、大阪で「モリサワ」を創業しました。私が写研に入社した頃は、同業他社はモリサワとリョービがありましたが、こと書体の品質や多様性にかけては、写研が圧倒的に優位でした。ガラス盤を操作する手動機も販売されていたし、デジタル化したフォントで文字を出力する高額な自動機も販売されていました。バブル前夜でさまざまな雑誌が創刊されたり、新しくロゴを作る企業もあったりで、会社の業績はとても順調でした。

その一方で東芝から机まるごとの大きさで500万円(!)の「ワード・プロセッサー」が発売されました。「ワープロ」も最初のうちはフォントが16×16ドット、24×24ドットなど、印刷原稿にはほど遠い品質でしたが、コンピュータの技術革新のスピードはすさまじく、遠からぬ将来にはコンピュータで版下を作るDTP(Desk Top Publishing:パソコンで版下を作ること)の時代になっていくことが予想されました。そこで出された結論が、なんと「文字を売らない」ことでした。つまりフォントをDTPの事業者には供給せずに、自社の文字と組版システムをセットにして大手の印刷会社に売っていくことにしたのです。

写研はいつまでもウェブサイトすら持たず、ひきこもっていました。私が働いていた埼玉工場は、昨年に解体されたそうです。とうにスラム化していただろうに、昨年まで建っていたのも不思議です。モリサワだけでなく、活版の文字を作っていたモトヤやイワタも生き残っているのに、何とも悲しいことになってしまいました。「悲しい」のは古巣がダメになったことではなく、石井茂吉を始めとする数多くのデザイナーが心血を注いで作った美しい文字が、すっかり廃れてしまったことです。近い将来、パソコンで写研の文字を使えるようになったとしても、どれだけの人が関心を示すのか疑わしいものです。

これは創業家のワンマン社長が千人規模の会社を、個人商店の感覚で経営していたことが最大の原因でしょう。しかも92歳で没するまで我がままを貫いたのだから、あっぱれではありました。社長のこだわりは「文字と組版は一体のものだから、組版システムで売る」という品質優先でしたが、それは「利便性は品質に勝る」ことで活版を駆逐してきた写植の歴史に反しているように思います。書棚から専門書を引っ張り出すと、活版で組まれた本文はインクが盛り上がって力があります。でも写植のオフセット印刷は、どうしてもインクが薄くて力がありません。文字というモノだけを受け継いで、「使われてナンボ」の精神を受け継ぐことができなかったのは、自分で作業をしたことがない経営者の限界だったのでしょう。

ともあれ、ゆくゆくは自分のパソコンでも写研の書体を使える時代が来るかもしれません。それはちょっぴり、楽しみにしていようと思います。b
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2021年02月10日

女性蔑視、以前の問題

森喜朗氏の「女性蔑視」発言が、話題になっています。いわく、女性が多いと審議に時間がかかる。女性は競争意識が強いから、誰かが手を挙げると自分も言わなきゃと思う、などなど。反応は大きくて、国の内外から大ブーイングとなりました。それは当然のことでしょう。

でも、問題は女性差別だけでしょうか? 私はむしろ、議論のあり方というか、ものごとの進め方をはき違えていることの方が問題ではないかと思うのです。「理事会で審議の結果、こう決まりました」と言う以上は、その理事会で審議を尽くすべきだし、意見交換が白熱して審議に時間がかかることは良いことではないのでしょうか。

だいたいに公職の審議会や、理事会というものは、ゼロから議論することはないでしょう。トップの意向に沿った事業計画や対処案件が、事務局によって作られています。その資料を説明して、ご質問、ご意見のある方はどうぞとなります。「時間がかかる」ことを良しとしないのは、「オレのやり方にツベコベぬかすな」とか、「立場をわきまえてふるまえ」という、傲慢の表れでしかないと思います。

もうずいぶん昔の話になりますが、議員会館の中に入ったことがあります。セキュリティもあるからなのですが、国会議員とは庶民が想像つかないくらいに特別扱いをされている人たちだと感じました。秘書や係官や警備員や官僚からセンセイと畏まられて、さまざまな陳情を「センセイおお力で」と受け、地元に帰ればこれまた自治体の議員やら首長やらから奉られる。特別扱いされているうちに、「特別な人間なんだ」と感じるようになる人がいても、不思議ではありません。

私たち臨床心理士も、周りの人たちから「センセイ」と呼ばれ、頼りにされているうちに、何やら万能的な力をもっているように錯覚してしまう可能性があります。自分にできること、できないこと、して良いこと、しない方が良いこと、してはいけないこと、その仕分けをしてゆくことが大切かな、と思います。
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2020年11月05日

キース・ジャレットの脳卒中

大好きなピアニスト、キース・ジャレットが2018年に2回の脳卒中を起こして、左半身にまひが残っているそうです。いまは杖をついて歩いているけど、ここまでくるのに1年以上を要したとか。「左手の機能で回復で望めるのは、コップを握ることくらい」で、「自分がピアニストには感じられない」とインタビューで語ったそうです。

私がジャズを聴き始めた学生時代、ピアニストで言えばキース・ジャレットやチック・コリア、ハービー・ハンコックは若手の旗頭という感じでした。とくにピアノ一台を前にして、思いのままに即興で弾くコンサートは前人未踏の境地を切り開いていたと言えます。「うなり声がうるさい」と嫌うリスナーもいたし、オスカー・ピーターソンにはこき下ろされるし、自らはウィントン・マルサリスの演奏を批判したりで、色々と物議をかもす人ではありました。でも三人の中では、コマーシャリズムに流れないで純粋に音楽を追求していたのはキースでした。そのキースもいまや75歳で、脳梗塞に苦しんでいるとは、自分だって歳をとってるんだなあと感じざるを得ません。そして大酒飲みで有名だったハンコックよりも先にダウンしてしまうとは、人生分からないものです。

ちょっと気になっているのが、病気の発症から2年も経って公表していることです。もしかしたら、うつ状態になっていたのではないでしょうか。やっと自分の障害を受け容れることができるようになって、公表したのかもしれません。私としては、ピアニストであることから解放されて、作曲をしてくれないかなと思っています。キースはジャズはもちろん、バッハやヘンデル、ショスタコービチなどのクラシック作品でも素晴らしい演奏を残しています。オーケストラの曲も書いているのですが、キースだったらもっと圧倒的な作品を書けるように感じていました。音楽活動をする意欲はなかなか湧いてこないかもしれないし、仕事をしなくても十分に暮らしていけるのでしょうけど、音楽家に生まれついたような人なので、ひそかに期待しています。

キースのソロ・コンサートは一度だけ、新潟市で聴いたことがあります。本当に美しい時間で、終わってから立ち上がるまで時間がかかりました。そして何十枚かある、LPレコードとCD。今まで沢山の音楽体験をさせてもらいました。安らぎと生きがいのある余生であることを、願っています。
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2019年05月28日

不便なモノ

もう二度と買わないだろうと思っていたフィルム式のカメラを、ついネットオークションで買ってしまいました。それも1950年代にドイツで作られた、ローライコードXという二眼レフです。クラシックカメラだとライカにあこがれはありますが、レンズ交換「できる」のは怖いです。ローライコードは、有名なローライフレックスよりもお値段が手ごろで、動かないで邪魔なばかりの露出計ががついていないのがメリットです。本当はひとまわり小型のベビーローライが欲しかったのですが、フィルムが入手困難で自分で切って作る羽目に陥るのであきらめました。

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二眼レフというのは下のレンズが撮影用で、上のレンズは反射式(レフレックス)のファインダー用ということで、二眼レフなのです。太い(つまりは高い)フィルムで12枚しか撮れないので、バシャバシャ景気良く撮るわけにいきません。上からのぞくファインダーは左右逆に映るので、動いているものを撮るのは無理です。接写は苦手だし、ちょっと暗ければ三脚が必要になるし、セルフタイマーは外づけです。どだい、撮影の手順がすごいです。ファインダーを開けてかまえる、フィルムを巻く、構図を決める、ピントを合わせる、露出を決める、シャッターをチャージする、そしてシャッターを切る。記念写真用、でしょうか。

デジカメやスマホで撮影して、すぐに見れるのは便利です。充電さえ怠らなければ、タダ同然で大量に撮影できます。その代わり、「写ってる!」だけで感動することはありません。思い切り手間ひまをかけて、精巧なローライのメカや、シュナイダー製レンズの描写を味わうのも良いものでしょう。60年前の機械でも、整備さえすれば今でも当時と同じように動くのは、まさにローテクの勝利です。……でもテスト撮影している間に気づいたのは、フィルムの現像まではアナログだとしても、プリントはスキャナーをかけてデジタルでやるに違いないということでした。とことんアナログにこだわるなら、モノクロフィルムを入れて(今やモノクロの方が高価です!)、自分で現像、引き伸ばしをするしかありません。学生の頃にさんざんやっていたので、今でもやろうと思えばできるのですが、暗室も機材も時間もありません。レンズで焼いてくれるラボって、まだあるのでしょうか?

「蓄音機でSP盤を聴かせてくれるおじいさん」になったような、気分です。


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2017年07月20日

不器用な子どもたち

とある、山間地の中学校でのこと。1年生の体育の授業では、マット運動をやっていました。仕上げの時間ということで、生徒たちはグループ内で「発表」をして、評価してもらっていました。これが私にとっては衝撃的で、色々と考えさせられてしまいました。前転をすると足がびろ〜んと開く子が多数おり、後転にいたっては半分くらいしかできません。恥ずかしさもあるのかもしれないけど、演技の終わりにしっかり止まることのできない子ばかりです。私はお世辞にも運動神経が良かったわけではなく、体育は苦手でしたが、でも後転は小学校の4年生くらいでやっていたように思います。次の週は、走り高跳びでした。「はさみ飛び」ができない子が、いっぱいです。跳び箱の閉脚飛びみたいにやる子、ジャンプできないままゴムひもにつっこむ子、変にのけぞって背面飛びになる子……。

その学校の体育の先生も、「今年の1年生は不器用な子が多くて……」と困っているようでした。山間地であるがゆえ、ちょっと外に出て友だちと遊ぶということもなさそうです。なんでも「猿が出て怖いから、うっかり子どもを外に出せない」という保護者もいるそうです。「クマを見た人、いる?」と聞くと、こっちでもあっちでも手を挙げる子がいるようなところです。もちろんクマも怖いし、猿も怖い。鹿だって角を突き立てて向かってきたら、人間なんかひとたまりもありません。こうした野生動物の脅威に加えて、ゲーム三昧で外に出ない子たちがごっそりと中学校に入ってくるというわけです。彼らの動き方を見ていると、とても身体のすみずみまで神経が行きわたっているように思えないほどです。

「昔は良かった」とか「近頃の若い者は」みたいな話は、メソポタミアの碑文にもあるそうです。だからあんまり言いたくはないことだけど、いまの時代の子育てや教育、とくに体育は見た目ばかりを大事にして根本をおろそかにしているような気がしてなりません。用水路で魚をとったり、神社の境内で缶けりをしたり、空き地で三角ベースをしたり、というのが私の子ども時代の遊びでした。家にいても家業の手伝いをしたり、おつかいに行くとかで、身体を動かす機会がたくさんありました。お稽古事や競技スポーツよりも、ただ歩いたり走ったり、自然の中で遊んだり、家事をする方が本当の体育ではないかと思います。
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2015年12月13日

キース・ジャレットの NEA Jazz Master 受賞

キース・ジャレットは2014年にアメリカで NEA Jazz Master という、ジャズ振興のためにもうけられた賞を受賞しています。1983年から毎年数人の「ジャズ・マスター」を選ばれて、賞金などが贈られてきました。ちょっと長くなりますが、ピアニストだけをピックアップしてみます。

1983 カウント・ベイシー
1985 ギル・エバンス
1986 テディ・ウィルソン
1987 ジェイ・マクシャン
1988 ビリー・テイラー
1988 バリー・ハリス / ハンク・ジョーンズ
1990 セシル・テイラー
1994 アーマッド・ジャマル
1995 ホレス・シルバー
1996 トミー・フラナガン
1999 デイブ・ブルーベック
2000 マリアン・マクパートランド
2001 ランディ・ウェストン
2002 マッコイ・タイナー
2004 ハービー・ハンコック
2006 チック・コリア
2007 穐吉敏子
2008 アンドリュー・ヒル
2010 リチャード・エイブラムス / ケニー・バロン / シダー・ウォルトン
2013 モーズ・アリソン / エディ・パルミエリ
2014 キース・ジャレット
2015 カーラ・ブレイ

ちなみにビル・エバンスは1980年に亡くなっていました。またこの中にはピアニストと言うよりは、作曲・編曲家として評価されている人もいます。でもキース・ジャレットがこの順番というのは、業績に比べると遅いのではないのかなと思います。ピアノの演奏力はダントツだし、前人未踏の即興ソロの世界も築きました。彼は日本でウケていて、アメリカでの評価はこんなものなのでしょうか。キース・ジャレットはマイルス・デイビスの薫陶を受けていたので、マイルスが嫌っていたウィントン・マルサリスのことは良く言いませんでした。今やアメリカジャズ界の大御所たるウィントンの一派とは犬猿の仲ですが、そのウィントンがこの賞を与えるリンカーンセンターのボスであり、受賞式典のホストを務めていました(ウィントン自身はマルサリス一家で2011年に受賞)。

うーん……、キースの心中は、微妙なものがあったのではないでしょうか。受賞式典でのスピーチが、You Tube にアップされていました。



たいがいの人は「名誉ある賞をいただきまして、身にあまる光栄です」みたいなことを言うのですが、彼は一切そんなことは言いません。聴き取れない部分もありますが、だいたいこんな話のようです。

「音楽を言葉で表して伝えることはできません。いくら楽器の演奏を学んでも、音を解き放つまでは無意味です。私は「あなたのように弾きたいんです」という生徒がいても、教えたくはない。私がどれだけカイロプラクティックのお世話になっているか、ご存知ですか? 何の因果で、自殺の仕方を教えなくてはならないんですか? 教わった人は、半狂乱にならなくはなりません。ステージで飛んだり跳ねたり、身体を変にくねらせたり、腕をでたらめに振り回したり……。チャールス・ロイドのバンドで弾いているフィルムはぼやけているせいもあるけど、手の動きは見えても、激しく振っている頭は見えないんですよ。
私は2歳でセロリをスティックにして、ドラムを始めました。大きくなって「ジャズの達人になりたい」と言ったら、母は「あなたは何にでもなれるわよ」と言ってくれました。父は「ミュージシャンは食べて行けないよ」と言い、私が有名になってからも「家には保険をかけているのかい?」と聞きました。ジョン・コルトレーンが亡くなったとたんに、テナーサックス奏者はみなコルトレーンのように吹けるようになろうと励みました。でもコルトレーンは、ミュージシャンが自ら演奏の仕方を探っていくことを願っていました。初めて組んだ自分のトリオで仕事をしていたとき、クビになった話をしましょうか。「もっと激しい演奏はできないの?」と言われたのですが、私たちは「激しい音」をやっていたのです。

こんな風に話はあっちに行き、こっちに飛んでいきます。それで「何を言いたいのか、忘れてしまいました。でも、それでいい……それがインプロビゼーション(即興)です」と結んでしまいました。「私は理解されないこともあるし、話してみたところで理解してもらるわけでもない」みたいなことが、彼の中にあったのかなと思いました。受賞式典でハッキリ言うこともできないので、トボけてこんな形にしたのでしょうか。それとも彼の自由連想なのでしょうか。このスピーチの後で、Memories Of Tomorrow (ケルンコンサートのアンコール)がビル・フリゼールのギターとジェイソン・モランのピアノで披露されて、キースはスタンディング・オベイションで応えていました。
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2015年07月31日

「平和のための戦争」の矛盾

これまで政治に関わるような主義、主張は書いてきませんでしたが、安倍晋三首相が強引に進めている安保法案について、みなさんどう思われますか? 

私は昭和34年(1959年)生まれなので、もちろん戦争の体験はありません。終戦後の食糧難も経験がありません。でも戦争の傷跡が、そこかしこに残っていました。たとえば、「傷痍軍人」という人たちがいました。街中で包帯をグルグル巻きにして、軍歌をアコーディオンなどで演奏している、おもらいさんでした。たとえどんな重傷を負ったにしても、十年以上も経って包帯グルグルなんてことはあり得ないのは、子ども心にも分かりました。「戦争」を持ち出せばどんな理屈でも通ると考えていそうな、彼らの存在は不気味でした。

私の実家の方では、終戦後にシベリアに抑留された人たちが多くいました。極寒の地で食料もろくに与えられず、強制労働に従事させられた人たちで、バタバタと仲間たちが死んで行ったそうです。それを悲しみながらではなく、得意げに語る人もいました。高校の数学教師は戦時中は飛行機乗りで、いわゆる特攻くずれでした。妙に人柄が屈折していて、戦争の体験が暗い影を落としているとしか思えませんでした。私たちは戦争が人を狂わせることを、肌で感じていた最後の世代かもしれません。

ご存知の通り、日本国憲法は紛争解決の手段としての武力行使を、全面的に禁止しています。それは愚かしい戦争のために、多くの犠牲を払った日本人だからこそ、肯定できる考え方なのかもしれません。戦争(武力)とは平和の対極なので、「平和のための戦争(武力)」は、あり得ないのです。それを憲法解釈でねじ曲げようとする安倍首相には、違和感を感じずにはいられません。

国立大学の再編の動きの中で、文系学科の縮小が打ち出されてきました。「役に立たない」からだとか。理系学科を充実させて、兵器や軍事産業に関わるような開発をさせるつもりでしょうか。アメリカではスリーマイル島の事故以来、原子力発電所の新設はないのだそうです。日本でもこれから原発を新しく作るのは、相当に難しいことだと思います(作った方が良いと言っているのではありません)。行き詰まった原発産業を、軍事産業に鞍替えさせるつもりでしょうか。考えすぎでしょうか?
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2015年06月23日

尻もちをつかない歩き方

実は……というほどのこともないのですが、昨年の秋から山歩きをしています。運動不足で方向音痴で高所恐怖症という、三拍子そろった最凶の初心者だったのですが、何とか人なみに歩けるようになってきました。夏山シーズンを迎えて岩手山を日帰りで登っても、筋肉痛にはなりませんでした。人からさんざん脅かされていた早池峰のハシゴ場も、「怖いとか怖くないとか考えない」ことでクリアしました。

でもどうにも苦手だったのが、下り坂です。足をズルっと滑らせて、尻もちをつくことがあるのです。これは痛いだけではなく、ときには危険ですし、ウェアや道具を壊すこともあります。私はかかとに体重が乗っているせいだと思っていたので、つま先にしっかり力を入れるように心がけていました。本にも「スキーでヘッドを押さえるように」と書いてありましたし。それでも、尻もちをついては痛い思いをしていました。でも先日は焼石岳の下りで、「そうか、腰が退けているんだ」と思い至りました。腰が後ろに退けているために、つま先が浮いてかかとに乗って、ズルっと滑っていたのです。そこで「腰を前に入れる」というか、「ヘソを前に突き出す」ようにして下ると、尻もちをつくこともなく、足がリズミカルに前に出ていきます。考えてみればものすごく単純なことなのですが、単純なことほど気づくのに時間がかかるのかもしれません。
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2014年12月27日

里山と野生動物

もうだいぶ前の話ですが、運転しながらラジオを聞いていたら「ジビエ」が話題になっていました。イノシシや鹿など、野生動物の肉の人気が出てきているそうです。本当かな? ただ珍味というだけではなく、野生動物の肉には脂身も少ないだろうし、人工飼料を食べて育つわけでもないので、ヘルシーな印象がありますね。ジビエを売り出す動きには、ハンター(狩猟者)の増加を狙っているという話もありました。

私の故郷は決して大きな街ではありませんでしたが、子どもの頃には猟銃や弾を扱っている店がありました。また鴨を撃ったからと、肉をいただいたこともありました。いま猟をしている人たちの平均年齢は60歳を超えているそうで、またその数も年々減っているそうです。それで生じてくるのが、鹿が樹皮を食べて木が枯れてくるとか、イノシシやサルが農作物を荒らすといった害です。自治体が鹿などの駆除で目標値を定めても、猟をしている人が減ってしまっているので、応えきれないということもあるようです。これまで処分されていた肉を、ジビエとして産業化してお金になるようにすれば、ハンターも増えてくるのではないか、という思惑です。

でもそんなことで、ハンターが増えるのでしょうか? 野山を駆け回って獲物をライフルで撃つ……などというのは、安直な電化生活に慣れきった現代人にとっては相当なことです。「年収1000万は軽いよ」くらいの世界なら、ハンターを目指す若者も出てくるでしょうが、そんな感じではないでしょうしね。それにお金になるクマやイノシシはいざ知らず、もともと「鹿」はハンターの獲物になっていたのかどうか疑わしいです。私も何度か鹿の肉をいただいたことがありますが、豚肉や牛肉と同じ感覚で調理してしまうと、臭いばかりで美味しくないです。「ハンターが減ったから鹿が増えた」とは、言えないような気がします。

日本の森や里山を守るためには、外国からハイイロオオオカミを連れてきて放てば良いと主張している人たちもいるようです。鹿が増えたのはニホンオオカミが絶滅したからだと言うのですが、どうも変ですね。ニホンオオカミが絶滅したのは、すでに100年も前の話です。オオカミが人を襲うことはきわめて稀で、日本では狂犬病の心配もないと言うのですが……。そのオオカミが家畜を襲う可能性は、ないのでしょうか。それにいくら「大丈夫」と学者や役人が言ったところで、山にオオカミが放たれてしまったら、近くの里に住みたい人はますます減ってしまうでしょう。小さな子どもがいる家庭は、逃げ出したくなるのがふつうのような気がします。それに「人や家畜を襲わないで鹿だけ適当に食べてくれ」と、環境の異なる日本まで連れてこられるのはオオカミにとっても迷惑な話でしょう。

「里で野生動物の害が増えている」とは言いますが、見方を変えれば里から人が減ってしまって、野生動物のテリトリーになっているということです。野生動物を山にとどめたいのであれば、里に人を増やすことですが、これはよほどのことがないと難しい。せめて動物たちが山に住めるように、杉やヒノキなどの人工針葉樹林を伐採して自然林に戻していくことが対策になるのかもしれません。

まず私たちにできることは、何でしょうか。日本の野菜や果物、肉や乳製品などを食べて農業を守ること。国産の材木や間伐材を積極的に使うこと。悲しいですが、そのくらいしか思いつきません。
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2014年12月23日

朔旦冬至

クライエントさんから教えてもらいました。
昨日は朔旦冬至(さくたんとうじ)で、新月と冬至が重なる日でした。この言葉は初めて知りましたが、太陽と月が復活する日、でしょうか。ネットで調べてみたらこれは19年に一度しか起こらない現象で、しかも次の朔旦冬至は暦の関係で38年後だとか。そこに特別な意味を見いだしたのは、自然の恵みと畏れを常に感じていた昔の人ならではだったのでしょう。コンクリートの街に住んで24時間年中無休、のべつ幕なしの現代人にはなかなか考えつかないことかもしれません。

未来が開けているという感覚は、どんな人にも必要なことでしょう。どこにそれを見いだすのかが、閉塞した時代には難しくなっているのだと思います。経済成長に浮かれている間に、私たち日本人は地域でも職場でも家庭でも、人と人のつながりをバラバラにしてきたのではないでしょうか。お金では買えないものに価値を見いだせるかどうか、そこに人の品格が表れるような気もします。かと言ってお金なしでは生きていけないのも現実で、生きるのは大変なことだと思います。
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2014年12月08日

やれば終わる

昨日の日曜日は、大学院で講義をしてきました。どの部屋に行けば良いのか、うろうろしていたら受講者とおぼしき学生さんたちを研究室で発見。壁には色々な張り紙がしてあったのですが、思わず「!」と思ったのが「やれば終わる」と楷書体で大きく印字されたやつでした。

「やればできる」は昔から有名で、そんなの分かってるけどできないんじゃないか……と思ってしまうのですが、「やれば終わる」は必殺後回し人間にはうってつけの座右の銘になりそうです。学生さんたちによると、大学の先生が作った張り紙らしいのですが、その先生が考えたのでしょうかね? もしそうだとしたら、私と同じく面倒くさがりの後回し人間かもしれません。

さて「やれば終わる」で、スイッチが入れてみますか。
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2014年11月09日

いつまで続くか、山歩き

しばらくぶりです。
この秋から山歩きに精を出すようになり、それもあって更新が途絶えていました。もともとアウトドアは好きなのですが、足弱に高所恐怖に方向音痴と三拍子そろった最凶ハイカーなので、山歩きは数年に一度のペースでした。ところが今年は八幡平に始まり秋田駒ヶ岳(8合目までのバスでへろへろ)、栗駒山、鳥海山(登りがきつくてへろへろ)、焼山、三ツ石山、姫神山……と、今日は鞍掛山に行ってきました。どうしたことか9月から日曜日になるとよく晴れて、しかも紅葉が見事とあっては、もう言うことありません。山歩きのシーズンもお終いですが、こう面白くなってしまうと冬だってコタツで蜜柑を食べているわけにもいかないような気もしてきます。
岩手の山と言えば岩手山、早池峰、姫神山が知名度ベストスリーなのですが、先週は姫神山に行きました。あいにく小雨のパラつく天気でしたが、私たちが「ざんげ坂」を登っていると上からお爺さんが降りてきました。年期の入ったキャップと長靴、軍手のいでたちで、荷物は持っていません。

「どちらからですか? はあ、花巻。私は地元の人間なんで、こんな格好でお世話になっていまーす」

と快活でした。私たちが頂上で一休みしていると、何とさっきのお爺さんが現れました。なんと2連続だとか。この山に登ったのは2千何百回かで、今年は200何回だそうです。

「私は登っても上でゆっくりしたこと、ないんです。孫の送り迎えもしなくちゃいけないしね。いま78ですからね、80になったらゆっくり登らせてもらいます。これから帰ったらトースト1枚食べて……私は2時までは何にも要らないんですよ」

私たちは登山靴にストックとものものしい装備をして、栄養と水分を補給しながらひいこら歩いているのに、このお爺さんはぬめった土と落ち葉で滑りそうな道をすたこらぱっぱと歩くんですな。この人は人間の格好をしてしゃべっているけど、本当は猿なんじゃないか。いや妖怪かもしれん……と失礼なことを考えてしまいました。

山に行くと、色々な人と話をします。日々の仕事や立場や思惑や、そういったしがらみがなく純粋に山を楽しんでいる者どうしの会話が楽しみで、登っている人も多いのではないでしょうか。今日は鞍掛山で、70歳くらいのおじさんと若い女性とこんな話をしました。

私:「三ツ石に行こうと思ったんですけどね、駐車場には福島ナンバーと秋田ナンバーの車が一台ずつしかないし、入山記録を入れる箱も取り払われているし、一人で歩いてクマに遭いそうなのも気味が悪いから、こっちに来たんですよ」
おじさん:「いやあ、クマなんか怖がることないさ。クマの方から逃げていくから」
女性:「おじさんだったら、クマも逃げていくでしょうけど……」

本当にこのおじさんはガッチリした体格で、強そうでした。あとでベンチの隣にすわったおばさんは、「この時期の三ツ石は、クマさんの通り道よ。雪が降ったらスキーで行く人はいるだろうど、登る人はいないんじゃないかなあ……」と言っていました。

さて私は熱中すると相当に入れ込むのですが、そのうちに……ということがよくあるのです。特にエクササイズ系となると、以前に水泳と自転車にはまったことがありましたが、長続きしませんでした。さて来年は足弱を克服して岩手山を、高所恐怖を克服して早池峰(長いハシゴ場あり)を登るのでしょうか、それとも別のことにはまるのでしょうか。
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2014年06月15日

リアリズム考

今朝はワールドカップの日本チーム初戦、コートジボアールとの試合でした。私はこういう時だけ試合をテレビで見る、にわかサッカーファンです。10時のキックオフまで時間があったので、NHKの教育テレビを見ていたら写真家、植田正治の特集をしていました。今年は生誕百年ということで、展示会が開かれています。「植田正治のつくりかた」が盛岡の岩手県立美術館に来ていたのでしたが、あいにく日にちを勘違いして見逃していました。

植田正治(うえだ・しょうじ)は故郷の鳥取で写真館を営みながら、作品制作を続けた写真家です。私が写真に凝っていた学生の頃は、よく写真雑誌に作品が掲載されていました。もちろん当時から高名な写真家だったので私のような者には雲の上の人だったのですが、軽妙洒脱で温かみのある写真からは、優しいお人柄が伝わってきました。しかし鳥取の砂丘を舞台にした作品は、すべて演出されていて、どうも当時の私の好みには合いませんでした。私は演出の是非については、土門拳(どもん・けん)が唱えていた演出不要論(排斥論?)に共感していました。ありのまま、そのままを撮れば良いじゃないかと思っていたのでした。

今となっては植田正治でも土門拳でも、どちらでも良いのです。そんなことを思って番組を見ていたら、荒木経惟さんが「植田さんは(被写体である人物に)対峙しているでしょ。関わっている。そこで初めてリアリティが出てくると考えていたんじゃないかな」と言われました。さすが天才、アラーキーです。これは心理療法で言えば、ひとりごとに真実があるのか、セラピストが関わる中での話に真実があるのか、ということです。関わることによって真実を浮かび上がらせていく作業が、心理療法なのかもしれません。エビデンスよりも、ナラティブということでしょうか。

ちなみに現実そのものを冷徹に見ようとした土門拳は、あまり幸福には見えませんでした。亡くなったときの息子さんのコメントが「家には家族で撮った写真が、一枚もない。家庭を顧みるような人ではありませんでした」みたいな感じで、放っておかれた感がにじみ出るような言葉でした。植田正治の写真には、家族が登場します。今日の番組に出ていた娘さんが、「疲れて腕が下がってくると、叱られまして……」と話しているときには、ほのぼのとした家族の情愛が感じられました。ナラティブの方が幸せになれる、とまで言ってしまったら、言い過ぎでしょうか。
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