2017年07月20日

不器用な子どもたち

とある、山間地の中学校でのこと。1年生の体育の授業では、マット運動をやっていました。仕上げの時間ということで、生徒たちはグループ内で「発表」をして、評価してもらっていました。これが私にとっては衝撃的で、色々と考えさせられてしまいました。前転をすると足がびろ〜んと開く子が多数おり、後転にいたっては半分くらいしかできません。恥ずかしさもあるのかもしれないけど、演技の終わりにしっかり止まることのできない子ばかりです。私はお世辞にも運動神経が良かったわけではなく、体育は苦手でしたが、でも後転は小学校の4年生くらいでやっていたように思います。次の週は、走り高跳びでした。「はさみ飛び」ができない子が、いっぱいです。跳び箱の閉脚飛びみたいにやる子、ジャンプできないままゴムひもにつっこむ子、変にのけぞって背面飛びになる子……。

その学校の体育の先生も、「今年の1年生は不器用な子が多くて……」と困っているようでした。山間地であるがゆえ、ちょっと外に出て友だちと遊ぶということもなさそうです。なんでも「猿が出て怖いから、うっかり子どもを外に出せない」という保護者もいるそうです。「クマを見た人、いる?」と聞くと、こっちでもあっちでも手を挙げる子がいるようなところです。もちろんクマも怖いし、猿も怖い。鹿だって角を突き立てて向かってきたら、人間なんかひとたまりもありません。こうした野生動物の脅威に加えて、ゲーム三昧で外に出ない子たちがごっそりと中学校に入ってくるというわけです。彼らの動き方を見ていると、とても身体のすみずみまで神経が行きわたっているように思えないほどです。

「昔は良かった」とか「近頃の若い者は」みたいな話は、メソポタミアの碑文にもあるそうです。だからあんまり言いたくはないことだけど、いまの時代の子育てや教育、とくに体育は見た目ばかりを大事にして根本をおろそかにしているような気がしてなりません。用水路で魚をとったり、神社の境内で缶けりをしたり、空き地で三角ベースをしたり、というのが私の子ども時代の遊びでした。家にいても家業の手伝いをしたり、おつかいに行くとかで、身体を動かす機会がたくさんありました。お稽古事や競技スポーツよりも、ただ歩いたり走ったり、自然の中で遊んだり、家事をする方が本当の体育ではないかと思います。
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2015年12月13日

キース・ジャレットの NEA Jazz Master 受賞

キース・ジャレットは2014年にアメリカで NEA Jazz Master という、ジャズ振興のためにもうけられた賞を受賞しています。1983年から毎年数人の「ジャズ・マスター」を選ばれて、賞金などが贈られてきました。ちょっと長くなりますが、ピアニストだけをピックアップしてみます。

1983 カウント・ベイシー
1985 ギル・エバンス
1986 テディ・ウィルソン
1987 ジェイ・マクシャン
1988 ビリー・テイラー
1988 バリー・ハリス / ハンク・ジョーンズ
1990 セシル・テイラー
1994 アーマッド・ジャマル
1995 ホレス・シルバー
1996 トミー・フラナガン
1999 デイブ・ブルーベック
2000 マリアン・マクパートランド
2001 ランディ・ウェストン
2002 マッコイ・タイナー
2004 ハービー・ハンコック
2006 チック・コリア
2007 穐吉敏子
2008 アンドリュー・ヒル
2010 リチャード・エイブラムス / ケニー・バロン / シダー・ウォルトン
2013 モーズ・アリソン / エディ・パルミエリ
2014 キース・ジャレット
2015 カーラ・ブレイ

ちなみにビル・エバンスは1980年に亡くなっていました。またこの中にはピアニストと言うよりは、作曲・編曲家として評価されている人もいます。でもキース・ジャレットがこの順番というのは、業績に比べると遅いのではないのかなと思います。ピアノの演奏力はダントツだし、前人未踏の即興ソロの世界も築きました。彼は日本でウケていて、アメリカでの評価はこんなものなのでしょうか。キース・ジャレットはマイルス・デイビスの薫陶を受けていたので、マイルスが嫌っていたウィントン・マルサリスのことは良く言いませんでした。今やアメリカジャズ界の大御所たるウィントンの一派とは犬猿の仲ですが、そのウィントンがこの賞を与えるリンカーンセンターのボスであり、受賞式典のホストを務めていました(ウィントン自身はマルサリス一家で2011年に受賞)。

うーん……、キースの心中は、微妙なものがあったのではないでしょうか。受賞式典でのスピーチが、You Tube にアップされていました。



たいがいの人は「名誉ある賞をいただきまして、身にあまる光栄です」みたいなことを言うのですが、彼は一切そんなことは言いません。聴き取れない部分もありますが、だいたいこんな話のようです。

「音楽を言葉で表して伝えることはできません。いくら楽器の演奏を学んでも、音を解き放つまでは無意味です。私は「あなたのように弾きたいんです」という生徒がいても、教えたくはない。私がどれだけカイロプラクティックのお世話になっているか、ご存知ですか? 何の因果で、自殺の仕方を教えなくてはならないんですか? 教わった人は、半狂乱にならなくはなりません。ステージで飛んだり跳ねたり、身体を変にくねらせたり、腕をでたらめに振り回したり……。チャールス・ロイドのバンドで弾いているフィルムはぼやけているせいもあるけど、手の動きは見えても、激しく振っている頭は見えないんですよ。
私は2歳でセロリをスティックにして、ドラムを始めました。大きくなって「ジャズの達人になりたい」と言ったら、母は「あなたは何にでもなれるわよ」と言ってくれました。父は「ミュージシャンは食べて行けないよ」と言い、私が有名になってからも「家には保険をかけているのかい?」と聞きました。ジョン・コルトレーンが亡くなったとたんに、テナーサックス奏者はみなコルトレーンのように吹けるようになろうと励みました。でもコルトレーンは、ミュージシャンが自ら演奏の仕方を探っていくことを願っていました。初めて組んだ自分のトリオで仕事をしていたとき、クビになった話をしましょうか。「もっと激しい演奏はできないの?」と言われたのですが、私たちは「激しい音」をやっていたのです。

こんな風に話はあっちに行き、こっちに飛んでいきます。それで「何を言いたいのか、忘れてしまいました。でも、それでいい……それがインプロビゼーション(即興)です」と結んでしまいました。「私は理解されないこともあるし、話してみたところで理解してもらるわけでもない」みたいなことが、彼の中にあったのかなと思いました。受賞式典でハッキリ言うこともできないので、トボけてこんな形にしたのでしょうか。それとも彼の自由連想なのでしょうか。このスピーチの後で、Memories Of Tomorrow (ケルンコンサートのアンコール)がビル・フリゼールのギターとジェイソン・モランのピアノで披露されて、キースはスタンディング・オベイションで応えていました。
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2015年07月31日

「平和のための戦争」の矛盾

これまで政治に関わるような主義、主張は書いてきませんでしたが、安倍晋三首相が強引に進めている安保法案について、みなさんどう思われますか? 

私は昭和34年(1959年)生まれなので、もちろん戦争の体験はありません。終戦後の食糧難も経験がありません。でも戦争の傷跡が、そこかしこに残っていました。たとえば、「傷痍軍人」という人たちがいました。街中で包帯をグルグル巻きにして、軍歌をアコーディオンなどで演奏している、おもらいさんでした。たとえどんな重傷を負ったにしても、十年以上も経って包帯グルグルなんてことはあり得ないのは、子ども心にも分かりました。「戦争」を持ち出せばどんな理屈でも通ると考えていそうな、彼らの存在は不気味でした。

私の実家の方では、終戦後にシベリアに抑留された人たちが多くいました。極寒の地で食料もろくに与えられず、強制労働に従事させられた人たちで、バタバタと仲間たちが死んで行ったそうです。それを悲しみながらではなく、得意げに語る人もいました。高校の数学教師は戦時中は飛行機乗りで、いわゆる特攻くずれでした。妙に人柄が屈折していて、戦争の体験が暗い影を落としているとしか思えませんでした。私たちは戦争が人を狂わせることを、肌で感じていた最後の世代かもしれません。

ご存知の通り、日本国憲法は紛争解決の手段としての武力行使を、全面的に禁止しています。それは愚かしい戦争のために、多くの犠牲を払った日本人だからこそ、肯定できる考え方なのかもしれません。戦争(武力)とは平和の対極なので、「平和のための戦争(武力)」は、あり得ないのです。それを憲法解釈でねじ曲げようとする安倍首相には、違和感を感じずにはいられません。

国立大学の再編の動きの中で、文系学科の縮小が打ち出されてきました。「役に立たない」からだとか。理系学科を充実させて、兵器や軍事産業に関わるような開発をさせるつもりでしょうか。アメリカではスリーマイル島の事故以来、原子力発電所の新設はないのだそうです。日本でもこれから原発を新しく作るのは、相当に難しいことだと思います(作った方が良いと言っているのではありません)。行き詰まった原発産業を、軍事産業に鞍替えさせるつもりでしょうか。考えすぎでしょうか?
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2015年06月23日

尻もちをつかない歩き方

実は……というほどのこともないのですが、昨年の秋から山歩きをしています。運動不足で方向音痴で高所恐怖症という、三拍子そろった最凶の初心者だったのですが、何とか人なみに歩けるようになってきました。夏山シーズンを迎えて岩手山を日帰りで登っても、筋肉痛にはなりませんでした。人からさんざん脅かされていた早池峰のハシゴ場も、「怖いとか怖くないとか考えない」ことでクリアしました。

でもどうにも苦手だったのが、下り坂です。足をズルっと滑らせて、尻もちをつくことがあるのです。これは痛いだけではなく、ときには危険ですし、ウェアや道具を壊すこともあります。私はかかとに体重が乗っているせいだと思っていたので、つま先にしっかり力を入れるように心がけていました。本にも「スキーでヘッドを押さえるように」と書いてありましたし。それでも、尻もちをついては痛い思いをしていました。でも先日は焼石岳の下りで、「そうか、腰が退けているんだ」と思い至りました。腰が後ろに退けているために、つま先が浮いてかかとに乗って、ズルっと滑っていたのです。そこで「腰を前に入れる」というか、「ヘソを前に突き出す」ようにして下ると、尻もちをつくこともなく、足がリズミカルに前に出ていきます。考えてみればものすごく単純なことなのですが、単純なことほど気づくのに時間がかかるのかもしれません。
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2014年12月27日

里山と野生動物

もうだいぶ前の話ですが、運転しながらラジオを聞いていたら「ジビエ」が話題になっていました。イノシシや鹿など、野生動物の肉の人気が出てきているそうです。本当かな? ただ珍味というだけではなく、野生動物の肉には脂身も少ないだろうし、人工飼料を食べて育つわけでもないので、ヘルシーな印象がありますね。ジビエを売り出す動きには、ハンター(狩猟者)の増加を狙っているという話もありました。

私の故郷は決して大きな街ではありませんでしたが、子どもの頃には猟銃や弾を扱っている店がありました。また鴨を撃ったからと、肉をいただいたこともありました。いま猟をしている人たちの平均年齢は60歳を超えているそうで、またその数も年々減っているそうです。それで生じてくるのが、鹿が樹皮を食べて木が枯れてくるとか、イノシシやサルが農作物を荒らすといった害です。自治体が鹿などの駆除で目標値を定めても、猟をしている人が減ってしまっているので、応えきれないということもあるようです。これまで処分されていた肉を、ジビエとして産業化してお金になるようにすれば、ハンターも増えてくるのではないか、という思惑です。

でもそんなことで、ハンターが増えるのでしょうか? 野山を駆け回って獲物をライフルで撃つ……などというのは、安直な電化生活に慣れきった現代人にとっては相当なことです。「年収1000万は軽いよ」くらいの世界なら、ハンターを目指す若者も出てくるでしょうが、そんな感じではないでしょうしね。それにお金になるクマやイノシシはいざ知らず、もともと「鹿」はハンターの獲物になっていたのかどうか疑わしいです。私も何度か鹿の肉をいただいたことがありますが、豚肉や牛肉と同じ感覚で調理してしまうと、臭いばかりで美味しくないです。「ハンターが減ったから鹿が増えた」とは、言えないような気がします。

日本の森や里山を守るためには、外国からハイイロオオオカミを連れてきて放てば良いと主張している人たちもいるようです。鹿が増えたのはニホンオオカミが絶滅したからだと言うのですが、どうも変ですね。ニホンオオカミが絶滅したのは、すでに100年も前の話です。オオカミが人を襲うことはきわめて稀で、日本では狂犬病の心配もないと言うのですが……。そのオオカミが家畜を襲う可能性は、ないのでしょうか。それにいくら「大丈夫」と学者や役人が言ったところで、山にオオカミが放たれてしまったら、近くの里に住みたい人はますます減ってしまうでしょう。小さな子どもがいる家庭は、逃げ出したくなるのがふつうのような気がします。それに「人や家畜を襲わないで鹿だけ適当に食べてくれ」と、環境の異なる日本まで連れてこられるのはオオカミにとっても迷惑な話でしょう。

「里で野生動物の害が増えている」とは言いますが、見方を変えれば里から人が減ってしまって、野生動物のテリトリーになっているということです。野生動物を山にとどめたいのであれば、里に人を増やすことですが、これはよほどのことがないと難しい。せめて動物たちが山に住めるように、杉やヒノキなどの人工針葉樹林を伐採して自然林に戻していくことが対策になるのかもしれません。

まず私たちにできることは、何でしょうか。日本の野菜や果物、肉や乳製品などを食べて農業を守ること。国産の材木や間伐材を積極的に使うこと。悲しいですが、そのくらいしか思いつきません。
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2014年12月23日

朔旦冬至

クライエントさんから教えてもらいました。
昨日は朔旦冬至(さくたんとうじ)で、新月と冬至が重なる日でした。この言葉は初めて知りましたが、太陽と月が復活する日、でしょうか。ネットで調べてみたらこれは19年に一度しか起こらない現象で、しかも次の朔旦冬至は暦の関係で38年後だとか。そこに特別な意味を見いだしたのは、自然の恵みと畏れを常に感じていた昔の人ならではだったのでしょう。コンクリートの街に住んで24時間年中無休、のべつ幕なしの現代人にはなかなか考えつかないことかもしれません。

未来が開けているという感覚は、どんな人にも必要なことでしょう。どこにそれを見いだすのかが、閉塞した時代には難しくなっているのだと思います。経済成長に浮かれている間に、私たち日本人は地域でも職場でも家庭でも、人と人のつながりをバラバラにしてきたのではないでしょうか。お金では買えないものに価値を見いだせるかどうか、そこに人の品格が表れるような気もします。かと言ってお金なしでは生きていけないのも現実で、生きるのは大変なことだと思います。
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2014年12月08日

やれば終わる

昨日の日曜日は、大学院で講義をしてきました。どの部屋に行けば良いのか、うろうろしていたら受講者とおぼしき学生さんたちを研究室で発見。壁には色々な張り紙がしてあったのですが、思わず「!」と思ったのが「やれば終わる」と楷書体で大きく印字されたやつでした。

「やればできる」は昔から有名で、そんなの分かってるけどできないんじゃないか……と思ってしまうのですが、「やれば終わる」は必殺後回し人間にはうってつけの座右の銘になりそうです。学生さんたちによると、大学の先生が作った張り紙らしいのですが、その先生が考えたのでしょうかね? もしそうだとしたら、私と同じく面倒くさがりの後回し人間かもしれません。

さて「やれば終わる」で、スイッチが入れてみますか。
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2014年11月09日

いつまで続くか、山歩き

しばらくぶりです。
この秋から山歩きに精を出すようになり、それもあって更新が途絶えていました。もともとアウトドアは好きなのですが、足弱に高所恐怖に方向音痴と三拍子そろった最凶ハイカーなので、山歩きは数年に一度のペースでした。ところが今年は八幡平に始まり秋田駒ヶ岳(8合目までのバスでへろへろ)、栗駒山、鳥海山(登りがきつくてへろへろ)、焼山、三ツ石山、姫神山……と、今日は鞍掛山に行ってきました。どうしたことか9月から日曜日になるとよく晴れて、しかも紅葉が見事とあっては、もう言うことありません。山歩きのシーズンもお終いですが、こう面白くなってしまうと冬だってコタツで蜜柑を食べているわけにもいかないような気もしてきます。
岩手の山と言えば岩手山、早池峰、姫神山が知名度ベストスリーなのですが、先週は姫神山に行きました。あいにく小雨のパラつく天気でしたが、私たちが「ざんげ坂」を登っていると上からお爺さんが降りてきました。年期の入ったキャップと長靴、軍手のいでたちで、荷物は持っていません。

「どちらからですか? はあ、花巻。私は地元の人間なんで、こんな格好でお世話になっていまーす」

と快活でした。私たちが頂上で一休みしていると、何とさっきのお爺さんが現れました。なんと2連続だとか。この山に登ったのは2千何百回かで、今年は200何回だそうです。

「私は登っても上でゆっくりしたこと、ないんです。孫の送り迎えもしなくちゃいけないしね。いま78ですからね、80になったらゆっくり登らせてもらいます。これから帰ったらトースト1枚食べて……私は2時までは何にも要らないんですよ」

私たちは登山靴にストックとものものしい装備をして、栄養と水分を補給しながらひいこら歩いているのに、このお爺さんはぬめった土と落ち葉で滑りそうな道をすたこらぱっぱと歩くんですな。この人は人間の格好をしてしゃべっているけど、本当は猿なんじゃないか。いや妖怪かもしれん……と失礼なことを考えてしまいました。

山に行くと、色々な人と話をします。日々の仕事や立場や思惑や、そういったしがらみがなく純粋に山を楽しんでいる者どうしの会話が楽しみで、登っている人も多いのではないでしょうか。今日は鞍掛山で、70歳くらいのおじさんと若い女性とこんな話をしました。

私:「三ツ石に行こうと思ったんですけどね、駐車場には福島ナンバーと秋田ナンバーの車が一台ずつしかないし、入山記録を入れる箱も取り払われているし、一人で歩いてクマに遭いそうなのも気味が悪いから、こっちに来たんですよ」
おじさん:「いやあ、クマなんか怖がることないさ。クマの方から逃げていくから」
女性:「おじさんだったら、クマも逃げていくでしょうけど……」

本当にこのおじさんはガッチリした体格で、強そうでした。あとでベンチの隣にすわったおばさんは、「この時期の三ツ石は、クマさんの通り道よ。雪が降ったらスキーで行く人はいるだろうど、登る人はいないんじゃないかなあ……」と言っていました。

さて私は熱中すると相当に入れ込むのですが、そのうちに……ということがよくあるのです。特にエクササイズ系となると、以前に水泳と自転車にはまったことがありましたが、長続きしませんでした。さて来年は足弱を克服して岩手山を、高所恐怖を克服して早池峰(長いハシゴ場あり)を登るのでしょうか、それとも別のことにはまるのでしょうか。
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2014年06月15日

リアリズム考

今朝はワールドカップの日本チーム初戦、コートジボアールとの試合でした。私はこういう時だけ試合をテレビで見る、にわかサッカーファンです。10時のキックオフまで時間があったので、NHKの教育テレビを見ていたら写真家、植田正治の特集をしていました。今年は生誕百年ということで、展示会が開かれています。「植田正治のつくりかた」が盛岡の岩手県立美術館に来ていたのでしたが、あいにく日にちを勘違いして見逃していました。

植田正治(うえだ・しょうじ)は故郷の鳥取で写真館を営みながら、作品制作を続けた写真家です。私が写真に凝っていた学生の頃は、よく写真雑誌に作品が掲載されていました。もちろん当時から高名な写真家だったので私のような者には雲の上の人だったのですが、軽妙洒脱で温かみのある写真からは、優しいお人柄が伝わってきました。しかし鳥取の砂丘を舞台にした作品は、すべて演出されていて、どうも当時の私の好みには合いませんでした。私は演出の是非については、土門拳(どもん・けん)が唱えていた演出不要論(排斥論?)に共感していました。ありのまま、そのままを撮れば良いじゃないかと思っていたのでした。

今となっては植田正治でも土門拳でも、どちらでも良いのです。そんなことを思って番組を見ていたら、荒木経惟さんが「植田さんは(被写体である人物に)対峙しているでしょ。関わっている。そこで初めてリアリティが出てくると考えていたんじゃないかな」と言われました。さすが天才、アラーキーです。これは心理療法で言えば、ひとりごとに真実があるのか、セラピストが関わる中での話に真実があるのか、ということです。関わることによって真実を浮かび上がらせていく作業が、心理療法なのかもしれません。エビデンスよりも、ナラティブということでしょうか。

ちなみに現実そのものを冷徹に見ようとした土門拳は、あまり幸福には見えませんでした。亡くなったときの息子さんのコメントが「家には家族で撮った写真が、一枚もない。家庭を顧みるような人ではありませんでした」みたいな感じで、放っておかれた感がにじみ出るような言葉でした。植田正治の写真には、家族が登場します。今日の番組に出ていた娘さんが、「疲れて腕が下がってくると、叱られまして……」と話しているときには、ほのぼのとした家族の情愛が感じられました。ナラティブの方が幸せになれる、とまで言ってしまったら、言い過ぎでしょうか。
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2014年02月11日

ムヒカ大統領のスピーチ

ウルグアイのムヒカ大統領は、世界でもっとも「貧しい」国家元首として知られています。ありがちな私腹を肥やす振る舞いとは無縁で、本当に最低限の給料しか受取っておらず、小型車とトラクターくらいしか財産がないそうです。そのムヒカ大統領が、2012年のリオ会議で「衝撃的な」スピーチをされたそうです。打村明氏による訳文を、ご覧下さい。

会場にお越しの政府や代表のみなさま、ありがとうございます。

ここに招待いただいたブラジルとディルマ・ルセフ大統領に感謝いたします。私の前に、ここに立って演説した快きプレゼンテーターのみなさまにも感謝いたします。国を代表する者同士、人類が必要であろう国同士の決議を議決しなければならない素直な志をここで表現しているのだと思います。

しかし、頭の中にある厳しい疑問を声に出させてください。午後からずっと話されていたことは持続可能な発展と世界の貧困をなくすことでした。私たちの本音は何なのでしょうか?現在の裕福な国々の発展と消費モデルを真似することでしょうか?

質問をさせてください:ドイツ人が一世帯で持つ車と同じ数の車をインド人が持てばこの惑星はどうなるのでしょうか。

息するための酸素がどれくらい残るのでしょうか。同じ質問を別の言い方ですると、西洋の富裕社会が持つ同じ傲慢な消費を世界の70億〜80億人の人ができるほどの原料がこの地球にあるのでしょうか?可能ですか?それとも別の議論をしなければならないのでしょうか?

なぜ私たちはこのような社会を作ってしまったのですか?

マーケットエコノミーの子供、資本主義の子供たち、即ち私たちが間違いなくこの無限の消費と発展を求める社会を作って来たのです。マーケット経済がマーケット社会を造り、このグローバリゼーションが世界のあちこちまで原料を探し求める社会にしたのではないでしょうか。

私たちがグローバリゼーションをコントロールしていますか?あるいはグローバリゼーションが私たちをコントロールしているのではないでしょうか?

このような残酷な競争で成り立つ消費主義社会で「みんなの世界を良くしていこう」というような共存共栄な議論はできるのでしょうか?どこまでが仲間でどこからがライバルなのですか?

このようなことを言うのはこのイベントの重要性を批判するためのものではありません。その逆です。我々の前に立つ巨大な危機問題は環境危機ではありません、政治的な危機問題なのです。

現代に至っては、人類が作ったこの大きな勢力をコントロールしきれていません。逆に、人類がこの消費社会にコントロールされているのです。私たちは発展するために生まれてきているわけではありません。幸せになるためにこの地球にやってきたのです。人生は短いし、すぐ目の前を過ぎてしまいます。命よりも高価なものは存在しません。

ハイパー消費が世界を壊しているのにも関わらず、高価な商品やライフスタイルのために人生を放り出しているのです。消費が社会のモーターの世界では私たちは消費をひたすら早く多くしなくてはなりません。消費が止まれば経済が麻痺し、経済が麻痺すれば不況のお化けがみんなの前に現れるのです。

このハイパー消費を続けるためには商品の寿命を縮め、できるだけ多く売らなければなりません。ということは、10万時間持つ電球を作れるのに、1000時間しか持たない電球しか売ってはいけない社会にいるのです!そんな長く持つ電球はマーケットに良くないので作ってはいけないのです。人がもっと働くため、もっと売るために「使い捨ての社会」を続けなければならないのです。悪循環の中にいるのにお気づきでしょうか。これはまぎれも無く政治問題ですし、この問題を別の解決の道に私たち首脳は世界を導かなければなりません。

石器時代に戻れとは言っていません。マーケットをまたコントロールしなければならないと言っているのです。私の謙虚な考え方では、これは政治問題です。

昔の賢明な方々、エピクレオ、セネカやアイマラ民族までこんなことを言っています

「貧乏なひととは、少ししかものを持っていない人ではなく、無限の欲があり、いくらあっても満足しない人のことだ」

これはこの議論にとって文化的なキーポイントだと思います。

国の代表者としてリオ会議の決議や会合をそういう気持ちで参加しています。私のスピーチの中には耳が痛くなるような言葉がけっこうあると思いますが、みなさんには水源危機と環境危機が問題源でないことを分かってほしいのです。

根本的な問題は私たちが実行した社会モデルなのです。そして、改めて見直さなければならないのは私たちの生活スタイルだということ。

私は環境資源に恵まれている小さな国の代表です。私の国には300万人ほどの国民しかいません。でも、1300万頭の世界でもっとも美味しい牛が私の国にはあります。ヤギも800万から1000万頭ほどいます。私の国は食べ物の輸出国です。こんな小さい国なのに領土の90%が資源豊富なのです。

私の同志である労働者たちは、8時間労働を成立させるために戦いました。そして今では、6時間労働を獲得した人もいます。しかしながら、6時間労働になった人たちは別の仕事もしており、結局は以前よりも長時間働いています。なぜか?バイク、車、などのリポ払いやローンを支払わないといけないのです。毎月2倍働き、ローンを払って行ったら、いつの間にか私のような老人になっているのです。私と同じく、幸福な人生が目の前を一瞬で過ぎてしまいます。

そして自分にこんな質問を投げかけます:これが人類の運命なのか?私の言っていることはとてもシンプルなものですよ:発展は幸福を阻害するものであってはいけないのです。発展は人類に幸福をもたらすものでなくてはなりません。愛情や人間関係、子どもを育てること、友達を持つこと、そして必要最低限のものを持つこと。これらをもたらすべきなのです。

幸福が私たちのもっとも大切なものだからです。環境のために戦うのであれば、人類の幸福こそが環境の一番大切な要素であるということを覚えておかなくてはなりません。

ありがとうございました。


ムヒカ大統領は、経済「成長」の強迫性を指摘しているだけで、言ってみれば「当り前」のお話です。しかしそれが衝撃的になってしまうのは、私たちがそれだけ病んでいるのでしょう。私とて人様のことは言えないのですが、当り前のことを無視したり否定したりして生きている人の、いかに多いことか。文明の毒につかっているうちに人生が終わり、人類も終わってしまわないように、このスピーチを受けとめてくださる方が一人でも多いことを願います。
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2013年10月24日

一見さんお断り

先週末は大阪に出張してきました。前泊をして京都を歩き回りました。お寺などの名所旧跡は何日かけても回りきれないほどあるし、祇園には大石内蔵助が放蕩三昧をしたと言われる「一力」などのお茶屋さんが並んでいたりして、どこに行っても歴史を感じる町でした。京都にいると、長い時間の流れの中の通過点にいる感覚が出てきます。それが私たちの心に落ち着きを与えてくれて、人を惹きつけるのではないでしょうか。

また観光客には、京都の人たちはとても親切です。タクシーの運転手さんや、お店の人、通りがかりのおっちゃんまで、まさにおもてなしの心で迎えいれてくれます。みんな京都産業株式会社の社員とちゃうやろか、となぜか関西弁になって考えました。だから住むとなると入社試験があったりして、ちょっとハードルが高いのでしょうね。

京都の同業者から、「一見さんお断りって、よその人からしたら変だなあと感じませんか?」と聞かれました。私は「お座敷にもコミュニティがあるだろうから、それをむやみに壊されないようにしているのではないですか?」と言ったのですが、もっと違う理由なのだそうです。「お茶屋さんには、レジがないんですよ。飲んで、踊って、気持ち良くなった人にお勘定なんて、そんな野暮なことはしないんです。だから後で請求を回すことになるんだけど、ちゃんとした人の紹介ならお店が安心できるからなんです」と教えてもらいました。なるほど、でした。
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2013年08月18日

我々は、新しい価値を生み出しているのか

GDPが何パーセント上がったから、消費税を上げても良いとかどうとか。テレビを点ければ、こんな話が聞こえて来ます。私は経済には疎いのですが、でも何かと言えば景気、景気と言うのは、どうもなあ……と思うのです。私たちは、果たして新しい価値を生み出しているのでしょうか。そして新しい価値とは何なのか、それを議論しないままに、うわべの数字でどうこう言うのはヘンじゃないかと思うのです。

安心して暮らせることが、新しい価値ではないかと思うのですが、いかがでしょうか。原発事故と使用済み核燃料の処理に不安を感じながら、「安い」電気を作り使うことは、価値のあることでしょうか。ケータイのために一年のうち一ヶ月働く人もいると思いますが、それは価値のあることでしょうか。

少子高齢化の波は、変えることができないでしょう。住む人が少なくなっていくのであれば、インフラも削っていく必要があるでしょう。必要なものだけに絞って、維持していく仕組みを作れば、それは新しい価値になり得るような気もします。あるいは、人と人のつながり。顔の見える関係を作って、助け合って行くことが、新しいかちではないかと思います。

健康診断の境界値を下げると、たとえば降圧薬の売り上げが倍増する。これは新しい価値なのでしょうか。経済としては大きくなっても、本当に人の幸せにつながることなのか。適度な運動を心がけてストレスへの対処をしていけば、薬に頼らなくても良くなる可能性があります。本当はそっちの方が、価値があることなのでしょう。

自分のポケットの中を膨らませようと、勝手なことを言っているようでは、決して新しい価値は生まれてこないと思います。本質かどうかを見極める力が、いまの日本人に問われているような気がします。
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2012年11月20日

ものすごくしゃべる人

とある日曜日、「里山カフェ」に妻とでかけました。景色のよいところにたたずむお店はこじゃれた雰囲気で、猫たちにもジャマされないでゆっくり食事ができるはず、だったのでですが……。

となりのテーブルに座っている上品な身なりの女性が、向い合って座っている連れの女性に、ものすごい勢いで話をしているのです。もうとにかく、言葉の絶え間がない。テーブルの間があまり開いていなかったせいもあって、内容もしっかり聴きとれます。親戚どうしでどうのこうのという愚痴?話が延々と続いて、とめどがありません。

「早く食べ物が来たら良いのにね、口がふさがるように」と妻に小さな声で言いましたが、実際に食べ物が来ても勢いはおとろえません。「荒れる宴会にはカニを出せ」という言い伝え?があるらしいのですが、カニはおろかラーメンでも、あの口をふさぐのは無理でしょう。

「いくらたまっているにしても、よくあんなに言葉が次から次へと、出てくるもんだなあ。躁状態ってわけでもなさそうなのに」と妻に言ったら、その答が面白かったです。「あれは同じことを何回も言ってるのよ」、つまりは練習の効果というわけです。そうか、そういう見方もあるのか。

話の内容がまた……。普通の感覚だったら、となりのテーブルの人に聞かれたら困るとか、食事の雰囲気を壊したら悪いとか考えて、あんな話はしないと思います。無意識的にだろうけど、あれは他人にも聞かせたかったんだろうと思います。こんな風に考えてしまうのは、職業病でしょうか。それにしても私たちが席についてから店を出るまでの1時間、ほとんど口をはさまずに傾聴していた年配の女性は、素晴らしい聞き手でした。せめてあのランチくらいは、ご馳走してもらってよいと思います。
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2012年04月28日

銀一色

緑一色とか字一色ならわかるけど、そんな役はあったっけ……。麻雀の話ではありません。自転車です。スクールカウンセラーで訪れた中学校の中庭に、自転車点検のために持ち込まれた生徒の自転車が大量に並んでいました。で、どの自転車も銀色なのです。これも銀、これも銀、これも銀……。見渡す限り、銀一色。

そんなことはまさかあるまいとも思いつつ、先生に聞いてみました。

「自転車って、ギンに決まっているんですか?

「そうじゃないんんですけど、実際に通学用の自転車というと、銀色しか選択肢がないみたいなんですよねえ」

言われてみれば、私の子どもたちに買い与えた自転車も銀色だったような、気もしないでもありません。でもこんなにギンばかりだとは、思いませんでした。私が中学生の時には黒、青、緑、赤……、もっとカラフルだったと思います。機能的にもセミ・ドロップハンドル、5段変速、ストップライトやウィンカー、2灯式のヘッドライトにフォグライト……。今にしてみれば、ゴテゴテといっぱい色々なのがついていて、しかもそれをカッコいいと思っていた時代でした。

昔の自転車は高価だったので、れっきとした耐久消費財でした。自転車屋さんは下取り品を調整して中古として店頭に並べていたし、上にきょうだいがいる子は「おさがり」が常識でした。思えば傘だって、雨の日には花が咲いたようにカラフルでした。今や透明か半透明か、ビニール製が幅を利かせています。私たちは豊かになったのか、貧しくなったのか、どちらなんでしょうか。
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2012年02月25日

ライターの回収より、防火教育を

東京で火事があり、小さな女の子たちが焼け死んでしまいました。大人がいない間に、使い捨てライターで火遊びをしていたようです。本当に痛ましいことです。テレビでは使い捨てライターの火遊びで焼死する子どもたちが後を絶たないので、安全策がとられたばかりだと報道されていました。その子たちが遊んでいたのは、簡単に火がつく旧タイプのものだったらしいです。「まだ沢山家庭に眠っている旧製品を回収したり、子どもの手の届かないところに置くべきだ」とコメントされていました。

それも必要なことかもしれませんが、まず大人たちは子どもたちに「火の怖さ」を教えているのでしょうか。いまは煮炊きにも、風呂を沸かすにも火を扱わずにできてしまうし、ゴミを燃やすのも御法度になっているのでたき火を見る機会もありません。火はいとも簡単に燃え移ること、やけどを負ったら跡がいつまでも残ったり、命にもかかわること。そんなことを、あの手この手で教えなくてはならない、そういう時代になっているのだと思います。

子どもが小さいうちからキャンプや野外調理に連れ出して、火の扱い方や怖さを教えるのも良いのではないでしょうか。ちなみに刃物も「肥後の守」のようなナイフと砥石を、子どもたちに与えるのが良いと思います。そうは言っても、まともに研げない大人たちが圧倒的に多いのでしょうね。便利さと引き換えに、何を失ったのかを、考えていきたいものです。
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2011年12月20日

カード地獄

あちこちの店で買い物をするたびに、「ポイントカードをお持ちですか?」と聞かれます。あるいは「カードを作りませんか、けっこうポイントたまりますよ」と、クレジット機能つきのを勧められたりします。実際にポイントがたまって500円の商品券をもらったりすると、けっこう嬉しかったりもするのですが、そのカードを管理するのが私には難行です。レジの前に立つ前に、財布のあちこちを探す羽目になります。ポケットのついた財布に、1枚ずつ収納しておけば良いようなものですが、あーめんどくさい。

顧客の囲い込みのためにカードを出して、わずらわしい思いをさせるのが、「サービス」なんでしょうか? ただでさえ免許証や保険証、図書館カード、レンタルビデオのカードなどがあるのです。それぞれの店でてんでにカードを出したら、どうなるか想像がつかないのかなとも思います。

囲いこむなら、もっと有効でコストもかからない方法があります。なじみになったお客さんには、ちょっとおまけしたり、その人が必要としている情報をこっそり教えれば良いのです。「お客さまだったら、こちらなんかお好きじゃないですか?」とか、「本当は、こっちの方が長持ちしますよ」なんてのも、良いですね。もっともそういう接客ができる店員を育てていくには、アルバイトでは無理でしょうけど。でもこういうことが本当のサービスであるし、販売者の専門性だし、ネット販売への対抗策にもなると思います。

「人を大切にする」ということが、結局は商売のプラスになるのではないかと思うのだけれど、あんまりそういうことを考えている事業主はいないように思います。客が金づるで、販売員が人件費では、あまりにも発展性がないと思うのですが、商売をしている人はどう思いますか?

だれか、私をカード地獄から救ってください。
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2011年11月13日

資本主義は行き詰まる?

経済については、全く詳しいわけではありません。しかし最近のヨーロッパの信用不安などのニュースを目にすると、そんなことを考えてしまいます。借金をして事業を行う。利息を返して、利益を事業に関わった人に分配する。そういう仕組みが、いくつかの面で行き詰まりを迎えているように思います。

その一つは、環境問題です。大量生産と大量消費が地球資源を食い尽くして、環境を壊していくことがはっきりしています。しかし資本主義は、あくなき利益の追求を止めようとはしません。いったん会社組織を作ってしまえば、組織の存続が目的になります。環境に良くない事業であることが分かっていても、取りやめることは容易ではありません。申し訳程度に配慮をして、「地球に優しい」ことをアピールするのが関の山でしょう。

もう一つは、コンピュータの圧倒的な情報処理能力に支えられたグローバリゼーションと、マネーゲームの肥大化です。この二つによって「まじめに働いていさえすれば、生活できる」という、これまでの「常識」が「幻想」になってきています。

「お金」が労働への対価から、ゲームのチップと化してから、持てる者と持たざる者の差が拡大しています。持てる者は、貪欲です。サブプライムローンやリーマンショックは、政財界と学界が結託した詐欺であったようです。資本主義とグローバリゼーションの総本山のアメリカ?で、「ウォールストリートを占拠せよ」とか「資本主義をぶち壊せ」というデモが広がっているそうです。マネーゲームで濡れ手に粟の連中もいる一方で、医療保険にも入れずに病気をしたらアウトの生活をしている人たちも大勢いるそうです。「ソ連」は「ロシア」になりましたが、「アメリカ」はどうするのでしょうか?

さて。コンピュータは数字とグラフによる表現で、そして対面コミュニケーションの機会を減らすことで、私たちから情感を、とりわけ共感性を奪ってはいないでしょうか? 数字には虐げられた者の苦しみや悲しみは、含まれていません。便利を手に入れた引きかえに何を失っているのか、それをどう補っていけばよいのか、真剣に考えなくてはと思います。
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2010年08月19日

シュレッダーの憂うつ

 明日から、スクールカウンセラーが始まります。そう、岩手県は夏休みが短くて、冬休みが長いのです。夏が好きな私としては、地球温暖化で人間が凍ってしまうような寒さもなくなっているので、そろそろ見直しても良いんじゃないかなあ、などと思っているのですが。

 まあとにかく、学校が休みでもやることは色々とあるわけで。過去の面接記録やら会議の資料やら何やら、そのまま捨てられない文書をせっせとシュレッダーにかけておりました。5年間は保存しているのですが、いつまでも保存しておくと、新しい記録を保存するスペースがなくなってしまうのです。この紙もあの紙もメリメリとうめきながら八つ裂きにされていって、満杯になったゴミ袋(大)がいくつもたまってくると、「オレは紙屑製造業だな」などと言う気分になってきます。シュレッダー君もモーターが熱くなって、ひいひい言いながらやっています。昔だったら庭で燃やしたんでしょうが、今は簡単に燃やすわけにはいきません。

 そこでホームセンターで「消しポン」なる、人名を消すハンコを買ってきました。進んでいる人は、もうとっくに使っているんでしょうなあ。個人名をひとつ消せば捨てられるような文書は、これで良し。でもクライエントとの面接記録は、人名を消しただけでは捨てられません。書いた時点で暗号化されているミミズ流の筆記体とは言え、やり取りを漏らすわけにはいかないのです。そして始末に困るのが、学会の名簿。バラしてシュレッダーにかけるのはとてつもなく手間がかかります。いっそのこと糊を溶かした水につけて固めてしまおうか、などとも考えました。

 調べてみたら、クロネコヤマトで「機密文書処理サービス」があるそうです。A4が2列入る段ボールに詰めて持ち込むと、ドロドロに溶かして再生紙にしてくれるそうです。エコなのも好感度大なのですが、事前に登録が必要で、1個につき1800円。これも考えてみます。
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2010年01月21日

餃子の母

<郷里の方言、丸出しです。「せう」は「言う」、「おっかさ」は「おっかさん」、「来てくんなる」は「来てくださる」です>

帰省して珈琲店のカウンターに腰を下ろしたら、懐かしい人が隣にいました。ご亭主と二人で、何十年も餃子の店をやってきたおばちゃんです。私が子どもの頃、父親も常連でした。何とも香ばしくて、お土産の餃子は楽しみでした。その味と同じくらい有名だったのが、おばちゃんの「口」だったようです。店に入ったら「おう、たまに顔見せたと思ったら、(時間が)ちょっと遅いねっか」と言われたと、父親が苦笑いしていました。客は「あすこのおっかさは、本当に口が悪い」と言いながら、かまわれるのを楽しんでいたようです。

仕事についてからそのお店に立ち寄るようになり、ご夫婦の鮮やかな手並みにはびっくりしました。おばちゃんが小麦粉をこねた玉を長く延ばして、包丁でトントンと短く切ります。それを一個ずつ小さな棒と手で丸のすと皮になります。その皮で餡をくるんでいくのですが、とにかくその速いこと。そしてご亭主が焼いていくのですが、お二人とも酔客の相手をしながら、寸分の狂いもなくこなしていくのが見事でした。

そのうち、お店はいつのぞいても閉まっているようになり、私も岩手に引っ越してしまいました。なのでおばちゃんとの会話を、「お店閉めて、どのくらいになりますか?」から始めてしまいました。

「それが、やってんのよ。金曜と土曜だけ。他の日は閉めてるから、死んだんだろうとか、つぶれたんだろうってせってなる人もあるようだけど。お客さんが私たちに死ぬなって。300歳まで生きれなんてせわれて、バカ野郎、それじゃお前の方が先に死ぬだろ!なんてね」

「これは失礼しました。子どもの頃に親父がお土産に持ってきてくれて、それから自分でもおじゃまするようになっていたから、気になってたんですけど。おじいさん、お父さん、お孫さんとと三代で通ってる人も、いるでしょう」

「うーん、いっぱいいるよ。その孫も結婚してたりしてね。ありがたいことだわね。そうやって来てくんなる人がいるうちは、続けようと思って。そのくらいだったら、金曜と土曜でいいやってね。店を開けるのは週に二日でも、仕込みがあるから三日から四日の仕事になってるんだけどね」

「だからって、金曜と土曜だけやってますって、お店の前に出しておくわけでもないんだよね」

「そうそう、分かってる人だけ来てくれれば、それでいいんだわ。だって私、自分のためにやってるんだから。あのね、人の為って書いて、偽(ニセ)って読むんだからね」

「でもあとを継ぐ人は、いないんですか? 弟子入りしたいとか、言われませんか?」

「この頃は、いないね。一人ではできないしね。一番信頼できる人と一緒でないと、無理。だから、お前にはそういう人いんのかって。定年してから始めたいって人もいたけど、年を取ると舌はどんどんダメになるからね。私らみたいに、若いうちに味をおぼえたのとは違うから、難しいんだわ」

「もったいないな。あの味を受け継ぐ人がいいないのは。実入りだって、いいでしょう」

薄給とその他諸々に耐えながら、郷里の精神病院で働いていた頃です。いっそのことここに弟子入りでもした方が良いかな、とぼんやり考えたことがありました。メニューは焼餃子と、水餃子のような「餃子ワンタン」だけ。客はカウンターで餃子をつまんで軽く飲むか、飲んだ後に餃子ワンタンでしめるかで、とにかく回転が良いのです。もっともおばちゃんは長っ尻の酔っぱらいが嫌いで、

「ほらあ、お前がそこに座ってると、次のお客さんが座らんないから、もう帰れっ。そんだけ飲めば、もう沢山だろ(笑)」

と追い返していましたが。餃子をお土産にしたり持ち帰る人もいたし、晩ご飯のおかずに買いに来る人もいたので、なかなか良い商いになっているように見えました。

「実入りはいいよ。でもうちの子どもだって、やだって言ってるからね。この手見てごらん、私の手」

おばちゃんの手は、変形しています。親指の側面にこぶができているし、人差し指から小指にかけては第一関節の皮膚が薄くなっています。仕事一筋に生きた、職人の手です。

「こんなになってるけどね。寝る前には、今日もありがとうねって声をかけて、手をもんでから寝るのよ。子どもが学校に行ってる時分には、ママさんバレーに出てくれないかとか言われたけどね。ごめんね、私の手はブリジット・バルドーのおっぱいと同じで保険かかってんのよう、なんて言って勘弁してもらっていたんだわ」

「あの餃子の作り方は、ずっと同じだったんですか?」

「そうじゃないの。同じようだけど、少しずつ変わっていたのよ。うちんのが食ってみろみたいな目つきで寄越したのを、味見してね。それでこの方がうんまいとなれば、今度からそうするって感じでね。こないだ中国の人が来てったけど、向こうの餃子と全然違うって、びっくりしてた。日本人は口が贅沢だから、できるだけうんまくしていかないとダメなんだって、そうせった」

「へえ、そうだったんだ。軌道に乗っちゃうと、もう変えようとしないお店もあるんだろうけど。ずっと改良を続けていたんだ」

これでなくては、いけません。お客に美味しいと言われて慢心していては、だんだんにレベルが落ちていってしまいます。それはどんな仕事にも、言えることではないでしょうか。

そう言えば昔のことですが、見よう見まねで、皮から餃子を作ってみたことがありました。でもその皮が固くて粘りもなくて、どうみても美味しいとは言えませんでした。

「あの皮は、小麦粉は何を使うんですか?」

「強力粉。だけど一番良いものを使ってるんだわ。それでないと、もちもちした歯ごたえにならんからね。酢でも醤油でも何でもだけど、うちで仕入れてるのは、一番良いものを使ってる。餡もちゃんと、寝かせないとね。そうやって最高のものを作って、お客様に失礼のないようにしてるの。わりぃのは、私の口だけだってせってんだわ、はっはっ」

ここまで打ち込んでいても、大方の客はそんなことは知る由もありません。焼きたての餃子をほおばってビールを一本あけて、好きなことをしゃべって、おばちゃんにやっつけられて帰っていきます。もっとも飲み屋街のど真ん中なので、タチの悪い客だっています。

「ヤクザがさあ、店の入り口の方で騒いでたんだわ。私がわーわー言うもんだから、このおっかさを黙らせれって息まいてね。うちんのはただニタニタして、何にもできないから、警察を呼んだんだわ。この人がここにいると、中のお客さんが帰れないから外に出してくれって」

こういう時にはたいてい、女の人の方が度胸がすわっているようです。おばちゃんは鉄火ですが、ご亭主は温厚な人柄でにこにこして冗談を言っていました。ただいつ行っても一杯きこしめしているようで、チビチビ飲みながら餃子を作っていました。ただの呑ん兵衛の域を越えて、病気になっているのかもしれません。酔っぱらいを追い返して飲ませないようにしていたのは、ご亭主のことがあったからかもしれません。

「私なんかねえ、本に書かれるくらい色んなことあったわね。ただ頭わりぃから、本も書かかんないけどね、はっ、はっ。もう薄情が一番だね、薄情が。飲むだけ飲んで、早く死ねってせってるんだわ」

こんな言葉も飛び出しました。病気で飲んでいる人は、自分で飲酒をコントロールすることができません。まして家族がコントロールすることもできないし、コントロールしようとするのは回復につながりません。ご本人が自分で止める気になるには、「薄情」が一番なのです。おばちゃんは、経験の中からつかみとったのでしょう。

「私はねえ、今が一番幸せ。好きに使える時間はあるし。金だってそんなにかからんくなったし。戦争が終わってからしばらく、ろくに食べるもんがなかったんだもん。野草を取って食べたもんさ。だから昭和ひとケタって、強いよ。戦中、戦後のことを思えば、何だってできると思うから」

「店を始めてからだって、いつだってどうにでもなると思ってた。だって身体ひとつ持ってけば、住み込みで働く先があったからね。今の人が気の毒なのは、働くのにも住まいを自分でなんとかしんけりゃいけんからね」

そう、「おばちゃん」は昭和ひとケタで、けっこうなお年なのです。それでも週に二日とは言え、カウンターの中で立ち仕事をしているのです。

「この歳まで生きることできて、親には感謝してるよ。親の恩と、先生の恩と、親方の恩と、この三つの恩を忘れるようじゃダメなんだ。まあこの手が動かんくなったら、店も辞めようと思ってるけどね。動く間はやってるから。今は不景気で、なかなか出て来らんないって、皆さんせってるけど、たまに気が向いたら来てみてくださいね」

元気でお店を続けて欲しいものです。また行くから。
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2009年11月26日

言語力が危ない?

 25日の夜に、NHKの「クローズアップ現代」で「言語力が危ない」と言う番組があり、興味深く見ました。新人にはコミュニケーション力が不足していると言う企業の人事担当者の声や、就職の面接練習で志望動機はスラスラ言えるのに、「盛岡(郷里)を紹介してください」の想定外の質問に絶句する青年、「ぼくがこの本を選んだのは目次です」から始まる高校生の読書感想文などが紹介されました。言葉で考えをまとめて、表現する力が不足していると言う見方です。その背景として言葉の断片をつないだメールなど、いろいろな要因があげられていました。

 印象に残ったのが、鳥飼久美子さんの言葉です。「コミュニケーションは、スキルではない」とか、「コミュニケーションはマニュアル的なトレーニングよりも、子どもの頃から気持を聴いてもらっていくことで育つ」とおっしゃっていました。鳥飼さんと言えば、私たちの世代にはテレビで同時通訳をされていたことで、おなじみです。いわばコミュニケーションのスキルで、印象に残っていた方なのですが、ご本人は言葉のスキルよりも関係性を重んじているようなのです。

 いくら英語が達者な人でも、「通じないのではないか」と言う不安にとらわれてしまったら、思っていることの何分の一も話せないでしょう。不安のために、会話の土台となる関係性を作れないからです。茶室を造るためにアメリカに招かれた棟梁の「わたし英語はできないんですけど、街を歩いて面白い家があると『アイム、ジャパニーズ、カーペンター。ナイス、ハウス!』と言って見せてもらうんですわ。たいがい家の中に入れてくれて、お茶までご馳走してくれます」と言う話は、関係性ができれば、スキルはどうにでもなる例(「家」限定ですが)かもしれません。スキルと関係性はニワトリとタマゴなのか、関係性あってのスキルなのか。後者なのかも、しれません。

 若い人たちのことを、どうこう言えないと思います。私たち大人が、近所づきあいや親戚づきあいを簡略化してきたり、面と向かっての対話を面倒くさがってきたのです。パソコンも良いけれど、たいがいにしないといけませんね。
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