2017年01月19日

ハーブ・エリス

 いまはクロだシロだという話は聞かれなくなりましたが、昔はジャズミュージシャンについて黒人だからどうの、白人だからどうのみたいなことを言う人がいました。たとえば黒人の方がソウルがあるとか、白人は音楽教育を受けているので譜面に強いとか。ジャズはもともとが黒人の音楽なので、ミュージシャンは圧倒的に黒人が多いのですが、ギタリストに限っては白人の方が多いようです。カントリーミュージックでギターになじんだ少年がジャズに目覚めて……ということがよくあったのでしょう。カントリーは白人の音楽で、アメリカではとても人気があります。ジャズは「どこに行けば聴けるの?」なんて感じで、日本で言えば津軽三味線のような位置づけではないでしょうか。

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 粘っこいブルースフィーリングよりも、サラっとしたカントリーっぽいギタリストと言えば、やはり白人のハーブ・エリス(Herb Ellis 1921〜2010)でしょうか。1950年代のオスカー・ピーターソン・トリオでの活躍で名高い人で、シングルトーンのソロがよく歌います。小細工のテクニックよりも、こういう聴かせ方をするのは本当に上手い人だと思います。でもバッキングでチャカポコと合いの手を入れるのは、サービスしすぎのような気がしないでもありません。Verveの名盤、Nothing But The Blues はロイ・エルドリッジ(tp)とスタン・ゲッツ(ts)の2ホーンを迎えて、気持ちよくスイングしています。

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2016年12月26日

フロイト再読

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 著者の下坂幸三(1929〜2006)は、とくに摂食障害の治療で高名な精神科医でした。フロイトに深く傾倒しながらも精神分析の主流を歩まず、そして当時隆盛を誇っていたシステムズ・アプローチではなく「記述精神医学のようなことをやる」、「常識的家族面接」を実践されていました。ずいぶん昔の話ですが、日本精神分析学会で学会賞を授与されて記念講演がありました。「成田善弘先生(当時の会長)から電話をいただいて、『色々と思うところはあるだろうが、もう決まったことなので(学会賞を)何も言わずに受け取って欲しい』と言われました」と裏話を披露されて、会場がドッとわいたのを憶えています。

 本書は下坂先生が亡くなってから編纂されたもので、「季刊 精神療法」に掲載されたものを中心に12本の論文が掲載されています。標題の「フロイト再読」は堪能なドイツ語を活かして(ストレイチーの英訳からではなく)、いち心理療法家の実践からフロイトの技法論を噛みしめるという試みで、精神分析をバックボーンとする治療者なら大いに興味を惹かれるでしょう。他にも「心的外傷理論の拡大化に反対する」は出色で、境界パーソナリティの成因をトラウマに求める動きを一刀両断にしています。

 また小論の「症例報告にさいして患者の許可を得ることについて」では、「ヒューマニスティックに振舞っているつもりなのだろうが、私にはむごい仕打ちに思えてならない」と糾弾し、「まあひとりの治療者がどうしても患者の許可がほしいというなら、それでよいとしよう。情報公開の風潮に悪乗りして、それがあたかも治療者の当然の義務でもあるかのように、ひとにもこのような仕業を声高に強要する偽善的な人が現れると困るのである」と結んでいます。

 ひとことで言ってしまえば「反骨の人」というイメージですが、権威を毛嫌いするとか、異を唱えることに熱心だとか、そういう人ではありません。苦労している人々への惻隠の情、漢文や哲学などの素養、徹底して掘り下げる姿勢、戦時中に防空壕から這い出して「きれいな」空襲を眺めていた無垢な心と、さまざまなバックボーンが透けて見えてくるのが本書の魅力だろうと思います。こういう骨のある人は、もういなくなってしまいました。(フロイト再読 下坂幸三著 中村伸一・黒田章史編 金剛出版 2007年)
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2016年12月07日

タル・ファーロウ

 昔は才能がありながらジャズシーンから姿を消したり、いっとき雲隠れするミュージシャンは少なくありませんでした。その多くはヘロインやコカインなどの薬物依存のためで、ヤクに手を出してハイになった挙句、ムショ暮らしやあの世行きの憂き目に遭っていました。
 ラズウェル細木師から「薬中院有人居士」の戒名をもらったチャーリー・パーカー(as)を始め、ジャズの帝王と称されたマイルス・デイビス(tp)、ヤクを止めて聖人になろうとしたジョン・コルトレーン(ts)、慢性的自殺状態だったビル・エバンス(p)、ヤク代欲しさに強盗に入ったスタン・ゲッツ(ts)など枚挙に暇がありません。あるいはビンボーやドサ回りに嫌気がさす人もいて、音楽の先生になる人も多かったし、チャーリー・ミンガス(b)は郵便配達員をしていました。でもタル・ファーロウ(Tal Farlow 1921〜1998)のように、仕事に飽きちゃって?引退した人は、珍しいケースかもしれません。

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 このジャケ写は、手の大きさがよーくわかります。もともとは看板屋さんだったらしいのですが、1950年代にはその巨大な手を駆使して「オクトパス・ハンド」の異名をとった名手でした。ギターには難しいフレーズでも、速弾きしづらい低音でも、指がタコ足のように伸びまくるタルはものともせず、スラスラと滑らかに弾いてしまいます。とくに早世したピアニスト、エディ・コスタとのコンビはのけぞりものです。ジャズ評論家の粟村政昭氏は、「最高のテクニシャン」などと絶賛していました。
 本業の看板屋で儲かっていたとか、リッチな奥さんと一緒になったとか、あるいはその両方かもしれませんが、タルは結婚して地元に引っ込んでいました。かつての同業者が復帰を勧めても、「またプレイするには、何か新しいものを引っさげてじゃないとね……」などと言っていたらしいです。さて1970年代に入ってカムバックしたタルが、「何か新しいもの」を引っさげていたのかどうか? それは老後の楽しみに取っておくことにして、やっぱりエディ・コスタとの競演に耳を傾けましょう。The Swinging Guitar of Tal Farlow (Verve)は1956年の録音(モノラル)でドラムは入っていませんが、もとギタリストのヴィニー・バークの強靭なベースに乗ってスイングしています。

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2016年11月04日

心理療法のパラダイム転換

10月28日から30日にかけて長野市で開催された、日本臨床動作学会と同学会が主催する研修会に参加しました。岩手ほどではないにしろ、肌寒い気候は東京などから来られた方々にはこたえたようです。どういうことか、私がホテルを探したときには長野市内のビジネスホテルはどこも空いておらず、かと言って深夜まで歩き回るのが分かっているのに宿坊を予約するわけにもいきません。結局、バックパッカー向けのゲストハウスに泊まりました。古い民家を造作して、木材で仕切ったカプセルホテルのような造りです。同室者はオランダから来た青年とかでしたが、みんなマナーが良くて快適でした。

さて今回は森田療法の第一人者の北西憲二先生と、動作法の成瀬吾策先生が対談をされました。対談に至る経緯が鶴光代先生から紹介されましたが、北西先生が成瀬先生の著作にほれ込んで「季刊 精神療法」(金剛出版)で書評をしてくださったそうです。もともと森田療法も臨床動作法も、メイド・イン・ジャパンの心理療法ということで共通しているわけですが、それ以上に共通点が数多くあり、目指しているところ、やっていることはほぼ同じではないかとの北西先生の見解が語られました。

ご存知の通り、森田療法は森田正馬(もりた・まさたけ 1874〜1938)によって創始された、主として神経症に用いられてきた心理療法です。「とらわれ」や「こだわり」から自由になって、「あるがまま」に暮らす知恵と言えるでしょう。「知識」ではなく「知恵」なのは、森田自身が死の恐怖に怯えてきて、いかに平常心を保つかをテーマにして実践を積み重ねたからです。「あるがまま」を観念的な理想像ではなくて、身体感覚に根ざすありようとして獲得してゆくのが森田療法の特質かと思います。いまは外来での治療も行われているようですが、もともとは入院治療が原則で、「絶対臥褥(がじょく)」と言ってただ寝るだけの時期や、作業をして過ごす時期などが設定されます。つまりクライエントに「体験」をしてもらうわけで、そこも臨床動作法と共通しています。もう一つのメイド・イン・ジャパンの心理療法として、内観療法があります。私は詳しくはないのですが、やはり内観という「体験」をクライエントにしてもらいます。

20世紀に心理療法のメインストリームとして君臨していた精神分析は、「私」を理解する作業に熱中してきました。認知行動療法は「私」を理解して(教えてもらって)行動する、でしょうか。ユング派の人たちは、「私」を癒したり成長させることを考えてきたように見えます。心理療法とはそういうことであって、当たり前の話なのですが、私にはそれが曲がり角に来ているように見えます。

いまの時代は、「私」が怪しくなっているのです。ひとつはコンピュータによるITで常に情報交換をしたり仮想現実に身を置くことで、言ってみれば自我機能が拡散していること。そして解離性の障害が増えており、また解離していることを「ふつう」に受け取る人もいることからも、「私」を中心に据えた心理学には限界があるように見えます。そして内省という作業に目が向かない人たちも、増えてきました。

心理療法は「私」という主語から「体験」という術語に、体験の「内容」から「様式」に、パラダイム転換が必要な時代ではないでしょうか。その中軸を担うのがメイド・イン・ジャパンの臨床動作法、森田療法、内観療法ではないかと……ちと話が大き過ぎますかね?
posted by nori at 00:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 臨床動作法

2016年10月11日

ケニー・バレル

ケニー・バレル(Kenny Burrell 1931〜)は、御年85歳。いまでも音楽活動をしているかどうかは不明ですが、近年までライブをしていたようです。ご本人のフェイスブックはきわめてスローペースながら、更新されています。テナー・サックスのソニー・ロリンズとともに、1950年代から活躍したモダン・ジャズの巨匠としては、数少ない生き残りです。何しろこの世代の方々は、ヘンなおクスリのために命を縮めていることが多いので、長寿はまれなんです。

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ケニー・バレルと言えば、ブルースです。ブルースはもともと12小節で定型のコード進行をすることと、ブルーノートと言われる音(3度、5度、7度のフラット)を多用するのが特徴(なのかな?)の形式を指していて、淡谷のり子(古い!)の「別れのブルース」とかではありません。Now's The Time のようにジャズでもこの形式に乗っかった曲はありますが、バレル師は何を弾いてもブルースのように聴かせてしまうのです。これが好きな人にはたまらない魅力で、長らく人気ギタリストとして活躍していたのもうなづけます。あのB.B.キング( Blues Boy King)も「世界一のギタリスト」と絶賛していたし、私も大好きです。とくにライブ盤なんかでフレーズがコケようがミストーンになろうが気にしないで弾き切ってしまう、思い切りの良さがバレルの真骨頂だと思います。

しかしご本人は実に器用な人で、ギターのテクニックはもちろんのこと、ナチュラルな音質の研究にも余念がなく、歌も上手いしベースもイケる(らしい)し、ガットギターでクラシック風の演奏をすることもあって、「ブルース馬鹿一代」みたいな感じではありません。一見すると知的でクールでも、身体には熱い血がたぎっている、そんな二面性が彼の魅力かもしれません。

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Kenny Burrell vol.2(Blue Note)はブルーノートのファーストアルバムの残り曲や、ケニー・ドーハム(tp)のライブに飛び入りしたもの、ギター・ソロなど、いくつかのセッションを寄せ集めしたアルバムで、代表作とされる Midnight Blue とは違った趣きがあります。アンディ・ウォーホルのジャケット画も、カッコいいです。

2016年09月30日

三ツ石山の紅葉

三ツ石山は、岩手山から八幡平の方面である「裏岩手」にある山です。標高は1466メートルで、岩手県では一番早く紅葉が始まる山として知られています。一昨日の岩手日報の一面で紅葉が紹介されていたせいか、平日にも関わらず沢山のハイカーでにぎわっていました。この山はリフトのある網張や、自然保護のために閉鎖された奥産道側から登る人が多いのですが、この山頂で満足してしまうのは、実はもったいないのです。さらに奥に進んでいくと、小畚(こもっこ)山に行くのですが、ここまでの稜線が絶景ポイントになります。

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避難小屋のある、三ツ石湿原。向こうに見えるのが三ツ石山で、30分ほどで着きます。ちなみに、ここの小屋は薪ストーブもあって人気です。

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振り返ると、男前の岩手山が。

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三ツ石山の山頂。ここは風の強い日が多いのですが、今日はまことに穏やかでした。

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小畚山に続く道です。

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やっぱり振り返ると、岩手山ですね。
posted by nori at 22:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 岩手の絵日記