2018年03月06日

仮設住宅の支援を終えて

先日、宮古市の田老地区に支援活動に行ってきました。「グリーンピア三陸みやこ」には数百戸の仮設住宅がありますが、そこに住んでおられた方々を支援してきた「サポートセンター」が今月末には閉じられることになっています。ほとんどの方が仮設住宅から、復興住宅などに転居されたということです。私が所属している岩手県臨床心理士会では、2011年の10月から仮設住宅の集会所やサポートセンターにおじゃまして、サロン活動を展開していました。それも最後になるということで、大勢の方に来ていただきました。

サロン活動の中心は茶話会で、私たちは語らいの場になるように飲み物やお菓子を用意しました。集会所でやっていたときには、みんなでリラクセーションをしていました。ときにはイベントでホットケーキを親子で楽しんだり、ジャズのライブを開いたこともありました。「臨床心理士会の支援活動」というと、カウンセリングのようなことをイメージされるかもしれませんが、私はみんなで楽しんで帰ってくることが大切だと考えていました。理屈で言えば、コミュニティの再構成を支援することで心理的孤立や抑うつを予防して、喪失からの回復を支援するということです。「なんだか楽しそうだから、行ってみるか」という場にすることが、私たちの専門性だと思ってきました。

当日の私の仕事は、コーヒーを淹れることでした。エプロンをして「今日はマスターが来た」なんて言われたまでは良かったけど、次から次への注文に応じるのは大変で、10リットルを抽出しました。コーヒーを淹れるときの湯気を吸いこんでいるので、少しずつ、少しずつ、飲んでいるのと一緒です。カフェインの覚醒作用で、だんだん目が冴えてきました。ドリップポットも大き目のじゃないと間に合わないので、翌日は筋肉痛になりそうでした。筋肉痛になるまでコーヒーを淹れるのは、マスターの特権です。

帰り際になったら、男性がケータイをもって何やら相談をしていました。これから復興住宅の近くにある「高台」で、仲間が寄り集まるらしいのです。復興住宅の集会所となると、利用するには届け出が必要だし、いくらかの利用料を取られます。野外で一服しながら、ダべった方が良いのでしょうね。素晴らしい! そうそう、壁も扉も厚くてとなりの気配がしないような復興住宅にこもっていてはいけません。

顔見知りの方には「また会いましょうね」と言っていただきました。地域の方々が仮設住宅から拡散していったので、支援活動をするのも大変になってきましたが、形を変えてまたお会いする機会を持てればよいなあと思いました。「支援」と言っても、こちらが元気をもらって帰ってくるような感じでした。人と人とのつながりが大切であることを、しみじみ味わうでもありました。
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2018年02月04日

マンチェスター・バイ・ザ・シー

主人公は、ボストンで便利屋をしています。基本的には「良い人」なのですが、偏屈で、人とのつきあいを良しとせず、衝動的なところもあります。楽しそうに生きている感じでは、ありません。何かとてつもなく重いものを、抱えているんだろうと思わせます。そして実際に、抱えていたのです。故郷の兄が亡くなって、甥っ子の後見人に指名されていたことから、それが露わになってきます。いわゆるネタバレになってしまうので、書けないのですが……。

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マサチューセッツ州の「マンチェスター」は人口5千人あまりで、この映画の題名どおり海辺にあって風光明媚な町です。主人公にとっては、故郷の懐かしい人たちも、子どもの頃からなじんでいた景色も、傷をえぐるような痛みしか与えてくれません。劇的な癒しや救いがあるわけではなく、救いようのない重苦しさが淡々と描かれています。人の強さ、こそが希望なのでしょうか。
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2018年01月21日

野の医者は笑う / 東畑開人

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 この本は同業者のあいだで、「すごく面白い」ということで評判になっていました。かなり怪しげなタイトルですが、心理学では老舗の誠信書房から出版されていて、書店では専門書のコーナーに置かれています。いざ読みだすと、本当に面白くてどんどん読んでしまいます。飲み食いしながら読んでも胃もたれしない誠信書房の本は、これが初めてではないでしょうか。そんな著者の軽快な筆さばきというか、表現力にはまったく感心してしまいます。心理学の専門書にありがちな「沈思黙考」というよりは「欣喜雀躍」、あるいは「観念奔逸」などという躁状態を連想してしまいました。

 「野の医者」とは「占い系」や「スピリチュアル系」など、アカデミックな臨床心理学の教育や訓練を経ないで「心の癒し」に携わっている人々のことを指しています。著者は沖縄の精神科クリニックを退職してからの求職期間中に、「野の医者」たちのイベントに参加し、自らセラピーやワークショップを受け、インタビューやアンケートを行います。そうした一連の調査は「外側から」ではなくて、文化人類学的な手法で「中に」どっぷり浸かって行われています。そして「野の医者」の介入方法が、臨床心理学の専門用語で記述されているわけでもありません。「野の医者」にもクライエントにも、臨床心理学になじみがない人もいるのですから、関連している人すべてが理解できるように書かれているのは、フェアな態度だと感じました。
 
 著者はまだ30そこそこの年齢で、この本を書いています。大学院の博士まで出ているので、臨床についてから数年でしょうか。たいがいの人は実践の積み重ねの中で、セラピストとしての個を確立するのに四苦八苦している年代と言えるでしょう。「野の医者」と「臨床心理士」の共通点や違いを明らかにする試みは、セラピストとしての個を確立する過程の、アクティング・アウトと言えるかもしれません。青春小説のような趣が、この本には満ちています。京都大学教育学部と言えば難関であることはもちろんですが、日本の臨床心理学を作ってきたようなところです。そこで学んで博士号まで取得して、毎年のように学会誌に論文が掲載されていた著者は、「ウマのホネ」どころではなくてダービー馬でしょう。それにあぐらをかかないで、迷うことのできる知性には拍手を送りたいと思いました。

 実用的な価値はまるでないけど、面白く読めて、考えるタネになる本でした。
posted by nori at 22:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 臨床心理学の本棚

2017年12月29日

仕事納め

今年は今日、12月29日(金)で仕事納めとなりました。ここは複数の人が働いている事業所と違って、私ひとりでやっています。職場の全員で大掃除をして、納会のようなことをするなんてことはありません。それでも照明やブラインドなどの掃除をしたり、ワックスをかけて、スーパーで買った小さな鏡餅を置きました。吹けば飛ぶような零細レベルとは言え、「これでも事業所を営んでいるんだ」みたいな自覚がわいてきました。

子どもの頃の話ですが、私の祖父母は麹や味噌を作る「麹屋」を細々と営んでいました。祖父母はもともと、小学校の先生をしていました。退職してから、曽祖父がやっていた麹屋を継いだらしいのです。夜中に起こされて室(むろ)の麹のトレイを入れ替えて温度調節をしたり、煮て柔らかくなった豆をミンチにする手回しの機械をグルグル回したり、そんな手伝いをしたことを憶えています。麹を作るときは納豆を食べてはいけないとか、お客が米を一升持ってきたらできた麹を一升渡せばいい(増えた分が麹屋の取り分になります)とか、教わった憶えもあります。もしや祖父は私に麹屋を継がせたくて、手伝いをさせたり教えたりしたんでしょうか? そんな雰囲気はみじんも感じなかったので、そうではなかったと思います。

祖父は手広く商売をやろうなんて気はさらさらなく、昔からおつきあいをしていたお客様から喜んでもらえるならそれで良いと言う感覚だったのではないかと想像します。なので規模は小さくても誠実な仕事を続けて、お客様からは信頼されていたようです。年で廃業してから何年経っても「青山麹屋さんですか?」という電話がかかってきて、難儀をしていました。考えてみれば私のカウンセリングルームも製造直売のようなもので、職人でもあり商人でもある、祖父が営んでいた麹屋のようなものかもしれません。

今年もお客様たちから支えていただいて、ここまでやってきました。ありがとうございました。

2017年12月25日

鳴り始めるまで

興味のない人にはどうでも良いことですが、いまのオーディオ業界の主役は「ハイレゾ」機器のようです。ハイレゾ(ハイ・レゾリューション)は従来のCDよりもサンプリングの周波数を上げてビットも細かくしたデジタル音源のことで、高解像度で再生周波数帯域が広い……そうです。ハイレゾに力を入れているソニーのサイトなんかを見ると、もう大変な差があるような書きっぷりです。ハイレゾじゃないと聴き洩らしている情報があるようなことを言われると、音楽ファンとしては損をしているような気になります。だけど、ホントにそんな差があるの? と思う人もいるでしょうね。

個人的にはハイレゾにするかどうかなんてことは、どうでも良いのです。オーディオにはもっとすることが沢山あって、むしろそっちのファクターの方が厖大です。ハイレゾは音の入り口だけど、実は出口であるスピーカーの選択とセッティングで音はほぼ決まります。その他には通り道のアンプや、土台とも言える電源もありますが、結局は部屋の大きさと造りという環境に大きく左右されてしまいます。でも「部屋」はお金が莫大にかかるし、技術的にも難しいようです。単純に「防音室の音が良い」、というのは幻想みたいですね。そういう難題は避けて通って、お手軽で楽しい「買い物」とか「調整」や「工作」に熱中するのが、平均的なオーディオマニアなのでしょう。私だってその一人なのかもしれないので、大きなことは言えませんが……。

ここではそんな、音が良いのか良くないのかという話ではありません。音楽を聴くときの「手間」の話です。ハイレゾを聴くとなれば「盤」だとSACDプレーヤーを、ダウンロードだとパソコンを操作することになります。私はSACDプレーヤーは持っていないのですが、ごくたまにオーディオ店でSACDプレーヤーに触ることがあります。自分が持ち込んだCDをかけるのですが、その読み込みがじれったくなるほど遅いのです。いつまでも再生が始まらないので、操作を間違えたと思い込んで、また余計な操作をしてしまったりします。「コレはオーディオじゃなくて、コンピュータなんだ」と思いこめば、「立ち上がり」を待つこともできるのでしょう。でも「LPに針を落としてアンプのボリュームを上げる時間」や「カセットのリーディングテープが終わる時間」や、「CDが鳴り始めるまでの時間」になじんできた者にとっては、時間感覚が合わないのだと思います。

そうかと言って、リッピングしたCDをパソコンで再生するときの「手間」も、あんまり好きになれないんですね。これは画面上のリストから選んで、あるいは検索をかけて、クリックすれば音が出てきます。LPレコードやCDなどの「モノ」を、ラックから選ぶ手間がありません。それこそが「便利」なはずなんだけど、どうも味気なく感じてしまうのです。パソコンのデータはどれもこれも同じようにツルンと表示されていて、「モノ」についている傷や汚れやカビもなくて、クリーニングする必要もありません。さらには「これは〇〇で、いくらで買ったんだっけ」なんて思い出すこともない。

そして避けたいと思うのは、たとえばSACDやハイレゾデータを買うようになると、そっちの方を聴きたくなるのが人情というものでしょう。どうかすると音楽として良いかどうか、好きかどうかの判断も、ハイレゾかどうかに影響されるかもしれません。

「鳴り始めるまでの時間」は、音に向き合うまでの儀式なのかもしれません。音楽が好きな方はCDをコンサート会場や旅先の中古盤屋でお買いになると、その儀式がより豊かに彩られるのではないでしょうか。友だちや家族からもらうのも、良いですよね。
posted by nori at 00:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 音の考現学

2017年11月11日

ジョン・アバークロンビー

今年はジャズが録音されてから、100周年なんだとか。駆け足でふり返えればラグタイム、スイング、ディキシー、ビッグバンドと踊る音楽だったジャズが、聴く音楽になったのが1940年代のビバップ(モダンジャズ)からで、その後はクール、ハードバップ、モード、フリーと、あらゆるスタイルが試されていきました。そんな1950年代から60年代にかけては、ジャズは時代の最先端を行く音楽だったのでしょう。60年代になると若者を熱狂させたロックに押されていって、フュージョンが表舞台に出てきたのが70年代です。ドイツのECM(Edition for Contemporary Music)など、クラシックや民族音楽とのフュージョンを発信するレーベルも出てきました。80年代にはミュージシャンの親から英才教育を受けた二世組も加わって、ハードバップのリバイバルブームが起きました。

その後はもうそれなりと言うか、「落語」や「津軽三味線」のような位置づけでしょうか。いまや黄金期のミュージシャンはあらかたあの世に行ってしまい、型破りなスタイルや新人が出てくるわけでもありません。「今年はあの人が死んだなあ」なんて思い出して、追悼にレコードをかけるのが一年の総括だったりします。寂しいとも言えるし、良い時代に青年期を過ごしたとも言えます。

今年はギタリストで言えば、ジョン・アバークロンビー(John Abercrombie 1944〜2017)が亡くなりました。彼のベースにあるのはロックで、ウネウネとくねったりガチョーンと跳んだりで、フォービートのスタンダードを演るような人ではありません。でもアドリブの妙味と言うことでは、聴きごたえのあるギタリストでした。エレクトリック・マンドリンやギター・シンセサイザーも、完全に自分のものにしていました。ほとんどの録音は、ECMからリリースされています。

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ECMと言えばリッチー・バイラーク(p)が失恋したアバークロンビーを励まそうと熱くプレイしたら、プロデューサーのマンフレット・アイヒャーが「ECMにアート・ブレイキーは要らない!」とカンカンになったとか。バイラークが「たまには俺たちの好きにやらせてくれたって良いじゃないか」と言ったら、出入り禁止になって旧譜もカタログから消えてしまったそうです。アバークロンビーはそんな憂き目に遭わなかったので、口答えしなかったんでしょうか。因縁の? リッチー・バイラークと組んだ「Abercrombie Quartet」(ECM 1977年)のアナログレコードを聴きながら書いています。

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