2023年06月29日

くつろぐエリック


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黒猫のエリックは、推定年齢が16歳になりました。すっかり貫禄もついて、お爺さん然としております。うっかりして尻尾や足を踏むと、「うにゃ!」と逃げますが、基本的に何をしても怒りません。そもそも踏まれるのだって、人にくっついて歩いてるからなんですが。「エリック〜!」と猫なぜ声で呼ぶと、走ってきます。まあ犬のようなヤツです。

朝の3時、4時になると、ご飯コールが始まります。5時だったら良いのですが、3時は早過ぎる。無視をしても鳴き続けるし、近所迷惑にもなりかねません。黙らせるには、食わせるしかない。夫婦で

「今日も早かったよね」
「夕方にあげるのを、もうちょっと遅くしたら?」
「いやあ、遅くしてもダメだよ。薄明るくなると活動開始だから」

なんて話していると、「なんか、オレのこと話してるな」という表情で聴いています(いるように見えます)。それでも行動を改めるとか、手加減するとかは一切ありません。まあ元気で病気をしないので、ありがたいと思わなくては。わが家は「猫本位制」です。
posted by nori at 22:56| Comment(0) | TrackBack(0) | にゃんころじい

2023年05月27日

少子化と地域の安心感

「少子高齢化」が長く続いて、「無子単身化」が続く日本。政権はお金をつぎ込んで子どもを増やそうとしていますが、その効果については、疑問視する意見も多いようです。若い人たちが「家族が増えると楽しい」よりは、「いま生きるだけで精一杯」だったり、「増えない方が心配が少ない」というような世の中になっているのではないでしょうか。

「少子化マインド」は、戦後の復興、高度成長の後遺症ではないかと考えます。戦前の家長制度が廃止されて、「家」のあり方が大きく変わろうとしたときに、その受け皿になったのが「会社」だったように思うのです。しっかりした会社に入れば、衣食住の心配がないだけではなく、家族まで含めた福利厚生がありました。定年退職するときには退職金と厚生年金、あるいは企業年金も用意されていて、老後の心配もない。結婚をしたら家を買って、ローンを返しながら定年を迎えるまで必死に働く。その間、「家族」や「家庭」はないがしろにされていました。家族との暮らしそのものを楽しむよりは、仕事で業績を上げるとか、単身赴任をしてでも昇進を望むとか、個人の達成や組織への貢献が重要視される時代。個人主義とは言いますが、家族で支え合うことを忘れてしまったかのようです。

親戚づきあいや、地域での交流、そして宗教も、「会社」の前では無意味になっていたと思うのです。もっとも宗教に関して言えば、日本の僧侶は宗教家というよりは葬祭業者になってしまっているので、これは江戸時代からの引継ぎです。そしてインターネットとSNS、ゲームの流行による、「対面」と「会話」の激減。そこにコロナが追い打ちをかけました。このごろ何だか、ヘンな事件ばかりが増えていると思いませんか? 安心感が減っていると思うのです。だれがどんなことを考えていて、いきなり何をしだすか分かったものではない、それは怖いことです。地域の中でちょっとした会話があるだけで、ずいぶん違うと思うのですが……。

いま自分がしていることは、散歩などで会った人に、なるべく話しかけることです。今週は川べりでナマズ釣りをしていた人、スケボーで遊んでいた中学生、飼い猫と(!)散歩している人……ちょっとした会話でした。だれかれかまわず話しかける、ヘンなおっさんと思われるかな?
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2023年04月09日

ストレス学説、ポリヴェーガル理論と不登校

ストレス学説は、ハンス・セリエ(1907〜1982)が唱えたのが始まりです。刺激(ストレッサー)が生体にかける負荷が、ストレスです。セリエはストレッサーを、気温や放射線などの物理的ストレッサー、薬物などの化学的ストレッサー、ウィルスやカビなどの生物的ストレッサー、怒りや不安などの心理的ストレッサーに分類しました。この時点では生理学的な反応であって、「ストレスを感じる」かどうかの認知は重要視されていません。セリエは心理学者ではなく、生理学者です。ネズミなどの実験動物でストレス学説を打ち立てました。

1960年代になってホームズとレイがさまざまなライフイベントを点数化して、尺度を作りました。たとえば配偶者の死が100、懲役が63、結婚が50、上司とのトラブルが23といった具合で、こうなると生理学から心理学の世界になっていきます。またストレスが尺度に載るようなライブイベントと、通勤や家事などのデイリーハッスルに分けて語られるようになっていきます。またストレスには「気づいているストレス」と「気づいていないストレス」が「ある」ので、認知が濃厚にからんできます。

また心理学者のラザルス(1922〜2002)が、ストレス・コーピングモデルを提唱します。こうなるともう完全に認知の世界で、ヒトがストレッサーをどう感じるかによって、ストレスの強弱が決まるという話です。たとえばテストを「また点が取れなかったら嫌だなあ」ではなく、「学習の課題を見つける機会だ」と思えば良い、みたいな対処法もアリということです。もちろん、そんな心配をしているヒマがあるんだったら、公式の一つも憶えましょうという対処法もアリです。それが体系化されてストレス・マネジメントとして、企業や学校でも普及してきました。またこういった認知を中心に据えたモデルは、認知行動療法とも馴染みが良いので、便利に使われてきました。

そして1995年にスティーブン・ポージェスが発表した「ポリヴェーガル理論」が、私に言わせればコペルニクス的転回です。ポージェスは副交感神経系には、不動化(死んだふり)を引き起こす背側迷走神経と、コミュケーションを生む腹側迷走神経があるとしました。腹側迷走神経は、進化論的には最後に出てきた哺乳類になってから生まれたもので、コミュニケーションを取ることで身の安全を図っているということです。もう一つの自律神経、闘うか逃げるかを可能にする交感神経、これら三つが反射で切り替わって、私たちは生命維持をしてきたということです。

哺乳類は、ふだんは腹側迷走神経で群れの中で仲良くやっていきます。でもシマウマの群れにライオンが近づくと一瞬で危険信号が広がります。彼らは危険を身体で感じて(ニューロセプション)、交感神経が発動して、それが仲間に伝わります。つまり「ライオンが来たぞ、逃げろ!」と、目で見て音で聴く認知は、絡んでいません。中には背側迷走神経が作動して、倒れて動けなくなくなるシマウマもいるかもしれません。そのままショック死に陥る危険もありますが、ライオンがかみついても動かなければ、助かる可能性があります。肉食動物の多くは、死んだ動物を食べないからです。

私たちが言葉で考えるのは、前頭葉が働いているとされます。これが理性脳だとすると、友好的にコミュニケーションをとる(腹側迷走神経)、闘うか逃げるか(交感神経)、凍りつく(背側迷走神経)を選択するのが進化論的に古い生存脳です。そして生存脳は理性脳より素早く反応します。だから生存脳が働いて「頭では分かっているけど できない or やらかした」とか、後で理性脳が追いついて「こうすれば良かった」ということが出てきます。

ポージェスは神経学者で、「これまでの心理学はあまりにも認知に偏っている」と言っており、ストレスは自律神経系の反応の大きさによって測られるべきだとしています。「ストレスという言葉だって、できたら使いたくない」とも。安心感があると腹側迷走神経が働いて人と関わることができますが、交感神経が働いて興奮・緊張状態にあるときは「ほっ」とする、背側迷走神経が働いて動けない・感じない状態になったときは「まあいいか」になることで、また人と関われるようになっていきます。

「動けない」からの回復は、まず背側迷走神経で不動化することで、自分を守ることが「できた」ことを認識することかもしれません。たとえば不登校になって家でじっと動かない子には、そうやって守ったことを祝福してあげてほしいと思います。そのうえで安心できる環境を用意してあげられれば、「まあいいか」と動き出せるのではないでしょうか。もし再登校したら、交感神経で「闘うか逃げるか」のモードに入っているかもしれません。昇降口から心臓がドキドキしていたり、人目を避けて保健室の出入り口から入ってきたら、もうそうですね。先生方には「ほっ」とするような働きかけをして欲しいです。くれぐれも、さらにプレッシャーをかける声がけをしないように。

ポリヴェーガル理論が実用化された始まりは、自閉症の子どもに加工された特殊な音を聴いてもらうことで、行動を改善するという装置です。その後にトラウマを負った人たちへの支援や心理療法に用いられるようになり、いまでは心理療法の世界にも多大な影響を及ぼしています……アメリカでは。黒船級のインパクトがあるはずなんですが、日本の心理療法業界を席巻するには至っていません。不登校の子どもたちをどう理解するのか、どう関わっていけば良いのか、教職員とスクールカウンセラー、保護者との間でポリヴェーガル理論を共有できれば、頼もしい支援になっていくと考えます。
posted by nori at 11:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 不登校

2023年03月23日

コロナウィルス感染対策について

春分の日も過ぎて、いよいよ春の胎動が感じられるようになりました。新型コロナウィルスの感染防止について、マスクの着用が「自己判断」となりました。でも当相談室では、決して広いとは言えない空間でお話をすることには変わりありません。お互いに安心して過ごすことができるように、これまでと同様の感染対策をとらせていただきますので、ご了承ください(マスクの着用、アルコール消毒、検温、換気)。マスクをお持ちでない方には差し上げますので、どうぞご遠慮なくお申しつけください。

2023年02月26日

深い呼吸を!

コロナ禍の長期化によって、呼吸が浅くなっている人が増えているように感じます。面接に来ていただいた方と、腹式呼吸の練習をすることがあるのですが、しっかり吐くことができない人がいます。マスクをつける生活になっていることが、影響しているのではないでしょうか。

別に呼吸が浅くなっても、それで困っていないのであれば良いのではないか、とおっしゃる方もいると思います。人は呼吸しているとき、息を吸うときに心拍数が上がって、吐くときに心拍数が下がると言われています。しっかり吐くのが苦手になって呼吸が浅くなってしまうと、交感神経が働いて、興奮したり緊張したりしやすくなります。回転ずしなどでヘンなイタズラをして動画をアップする人が出てきて、またそれで直接の関係がないのに大騒ぎする人たちもいて、何だか世の中がヘンになっていると思わざるを得ません。もしかしたら、こんなことが伏線にあるのでは……というのは考えすぎでしょうか?

私は呼吸の専門家ではないのですが、関心をもってきました。腹式呼吸を意識して、鼻から吸って、口をから吐いてみましょう。「3秒で吸って、2秒止めて、10秒かけて吐く」を、1分間やってみましょう。楽にできますか? これで苦しくなる人は、浅くなっている可能性があります。「3秒で吸って、2秒止めて、15秒かけて吐く」が楽にできれば、深い呼吸ができていると考えても良いのではないでしょうか。

「細く長く吐く」ということは、歌を歌うとか、息継ぎせずに長い文で話すとか、あるいは音読をするとか、そういうことでも鍛えられます。吸う方は勝手に空気が入って来るという感じですが、要はしっかり吐けるかどうか、ということなのでしょう。
posted by nori at 19:24| Comment(0) | TrackBack(0) | メンタルヘルス

2023年01月27日

寒い!

ここのところ、大寒波の襲来ということで、寒い日が続いています。朝に出かけるときは、マイナス10度以上に冷え込んだ日もありました。今月の電気代は、いったいいくらになるんだろうとご心配の方もいらっしゃると思います。中学校の職員室で「昨日はウチの夫が一大事だって言うから、何だと思ったら先月の電気代が7万いくらだって。夫婦二人になったのにね。あんたが夜更かししてるからだって言ってやったんだけど……」と、話している先生がいました。オール電化だと、電気代がそういうことになる家もあるらしいです。高気密、高断熱で建てられているのに、古い木造家屋だとどうなるのでしょうか。

ご承知の通り、ただでさえウクライナ戦争と円安などのために光熱費は上がっていたのに、この寒さです。うちは灯油、プロパンガス、電気のハイブリッド?なので、オール電化ほどではないけれどやはり光熱費は上がっています。そんなことを気にせずに暮らせる人、他のことをガマンしなくてはいけない人、暖を取れない人、いろいろだと思います。恵まれている人たちが省エネをしないと、エネルギーの価格が上がってしまい、恵まれない人たちにしわ寄せがいくという構図もあります。

古今亭志ん生の「火炎太鼓」には、こんなくだりがあります。道具屋のおかみさんが、どこかぽーっとした亭主に文句を言うのですが……。「お前さんは、売らなくちゃいけないものを売らないで、売らなくていいのを売っちゃうんだからねえ。去年の暮れだってそうじゃないか、向かいの米屋の旦那がうちの火鉢を見て、甚兵衛さんこれ良い火鉢だねって言われたもんだから、良かったらお持ちなさいよなんか言って。それで向かのうちに暖まりに行っちゃったりなんかしてさあ。だから旦那がそう言ってたよ、何だか甚兵衛さんと火鉢を一緒に買っちゃったようだって」。いくら江戸(東京)とは言え、温暖化前の気候で、すきま風だらけの家で、火鉢で手を温めるのが関の山だったわけです。服装も綿入れを羽織るくらいがせいぜいで、足袋というのは贅沢品だったでしょうから、裸足だったのではないでしょうか。

私の世代は、親世代の人たちから、シベリアに抑留されていたときの体験を聴くことがありました。小学校の先生が授業中に、知人の話としてこんなことを言っていました。「凍え死にしそうになってたどりついたのに、すぐに暖かい部屋には入れてもらえない。少しずつ暖かいところに移してくれて、やっと暖かい部屋に入れてもらった。そうしないと、鼻がもげてしまうと後で聞かされた」と。こういう話は、なぜか強烈に憶えているんですね。そういう環境にいると、寒さに強くなるらしいです。シベリアから帰って2,3年は、冬でもみんながびっくりするほど薄着でも平気だったとか。でも、そのうち平均的な日本人に戻るそうです。

私が子どもの頃は、家全体を暖めるという発想がありませんでした。さすがに石油ストーブはありましたが、家に二つだけだったように思います。練炭ひとつしかない座敷で食事をしていたし、コタツしかない居間でテレビを観ていました。ダルマさんのように着込んでいたのも、憶えています。夜は家族それぞれが「湯たんぽ」を持って寝床に入りました。それを思えば、暖房しなくても暮らしていけるでしょう。でも猫のエリックはどうなるんだろう? もとは野良とは言え、老いてから急に耐寒生活をさせるのも気の毒です。いやエリックが暖房器具になってくれるのかな。そんなことを、ツラツラ考えています。
posted by nori at 06:34| Comment(0) | TrackBack(0) | よしなしごと