2024年11月07日

ストレスチェックの義務化

厚生労働省は「ストレスチェック」を、従業員50人以下の事業所でも義務化すると発表しました。厚労省のサイトにはプログラムのダウンロードや、説明のpdfファイルなど、沢山のデータが載っていて、力が入っています。ただ、実際にやるとなるとものすごく面倒な感じで、Web上で簡単に集計してくれる「5分でできる職場のストレスセルフチェック」をやってみました。

私はひとり職場なので、同僚や上司からのサポートがないのが辛いところですが、それでも

あなたはストレスをあまりかかえておらず、
またストレスの原因となる要素もあまりないようです。

との結果でした。

「医者の不養生」ならぬ「ストレスまみれのカウンセラー」では笑えない話なので、まあ良かったかなと。でもこんな単純なので喜んで良いものかとも思います。質問紙はあくまで自己評価だからです。自分のことが、一番分からないのかもしれません。

ただ得点が出ても、それだけではどうしようもありません。環境調整をしても限界があるので、ストレスに自分で対処できるようなスキルを、身に着けていくことが一番です。ここが難しい。なぜなら産業医やカウンセラーでも、そのスキルが身についているとは限らないので。ふだんから自分で実践していて、役に立つものを人さまに教えるようでないと、浸透していきません。

私はふだんから、ストレスに対処するようにしています。そのために、身につけているスキルもあります。家族との会話にも、助けられています。音楽を聴いたり、散歩をするのも楽しい。その他に他力本願と言いましょうか、たまに出かける大自然とか、長くおつき合いしているお店でいただく料理とか、いろいろなことに助けられています。ああ、黒猫のエリックもいてくれます。ありがたいことです。
posted by nori at 23:20| Comment(2) | TrackBack(0) | メンタルヘルス

2024年09月14日

鏡の中の鏡

ドイツの「ECM」は、1969年に設立されたレコード会社です。Editions of Contemporary Musicの頭文字ですが、ジャズに軸足を置いて作品を発表してきました。キース・ジャレット(p)はECMを代表するアーティストで、他にもパット・メセニー(g)やチック・コリア(p)、ゲイリー・バートン(vib)、ジャック・デジョネット(ds)、チャーリー・ヘイデン(b)、ビル・フリゼール(g)など、数多くのミュージシャンがアルバムを残しています。近年は ECM New Series として、現代音楽やクラシック音楽の作品もリリースしています。

プロデュースをしているのは、もともとコントラバス奏者だったマンフレット・アイヒャーです。彼は自分の美意識に合う作品しか、リリースしません。ついアツくなって弾きまくり、「たまには演りたいように、やらせてくれ」と反抗したリッチー・バイラーク(p)は、追い出されてしまいました。「そういうアルバムは他のところで出してくれ」、というのがアイヒャーの言い分でしょう。ECMのアルバムを買う人は、このレーベルのカラーで買うので、致し方ないことかもしれません。


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アルヴォ・ペルト(1935〜)は、旧ソ連のエストニアに生まれました。1979年にオーストリアに移住するまでは、「鉄のカーテン」の外の音楽を知ることも許されず、共産主義のイデオロギーに奉仕するよう求めらて、苦労していたものと思われます。現代音楽の一派であるミニマリズムに属すると言われますが、ペルト自身はバロック期よりも古い時代の影響を受けた、「ティンティナブリ」という様式を主張しています。

ペルトの「アリーナ」と題された、1995年に録音されたアルバムが再発されました。「鏡の中の鏡」と「アリーナ」の2曲が、バージョンを変えて交互に演奏されています。ピアノとヴァイオリンのデュオ、ピアノ独奏、ピアノとチェロのデュオ。モノトーンの世界に入りこんで、ときの流れを感じるような音楽です。無駄な音はひとつもなく、研ぎ澄まされてはいるのですが、温もりに包まれています。

1970年代のECMは、予算をかけられないという事情もあって、ソロやデュオの作品が多かったのです。「一音あたりいくら」みたいに考えてしまうと、ずいぶん高くつくレコードでした。そうした事情もあってか、日本のレコード会社は、「沈黙の次に美ししい音」というキャッチコピーで売り出していました。ラルフ・タウナー(g, p)、ヤン・ガルバレク(ts, ss)、ジョン・テイラー(p)、ゲイリー・ピーコック(b)、最近ではトルド・グスタフセン(p)やケティル・ビヨルンスタ(p)などのアーティストは、まさにそう呼ぶにふさわしいアルバムを作っていました。

ペルトの「アリーナ」は、沈黙から浮かび上がる音、のような気がします。いや天から降ってくる音、でしょうか。音楽にありがちな、「オレがオレが」の自己主張が全く感じられません。沈黙のうちに語る、沈黙に感じ入る、そんな印象をもちました。
posted by nori at 17:00| Comment(0) | TrackBack(0) | しじまの音

2024年08月16日

アメリカン・フィクション

主人公のセロニアス・エリソンは、黒人の小説家で大学教授。周りの人たちは、「モンク」と呼びます。それはユニークな曲を書いたジャズピアノの天才、セロニアス・モンクから来ているのでしょう。ハーバード大学を卒業して、難し過ぎて売れない小説を書いていました。黒人を差別する言葉が入った文学を授業で取り上げると、白人の女子学生が「気分が悪くなる」と席を立ってしまいます。教授会で休職(つまりは給料が出ない)を言い渡されたモンクは、ボストンの実家に帰省しました。

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すると母親の面倒をみていた中絶医の妹は心臓発作で亡くなり、その母親は認知症で高額な介護施設への入所が必要になります。整形外科医の弟はゲイがばれて離婚の憂き目に遭い、経済的には全く頼りになりません。

モンクは自暴自棄になり、それまで軽蔑していた、黒人のステレオタイプを強調した小説を偽名で書きました。愛情を自分にも母親にも向けなかった父親を。「おれがこうなったのは、お前のそせいだ」と拳銃で撃ち殺すラッパーの物語です。エージェントに売り込ませたら、出版社に高額で買い取られました。エージェントは「これは実話で、作者は逃亡犯だからインタビューを受けられない」なんて話をでっち上げる始末。いよいよ出版されることになり、モンクは本当にクソみたいに価値のない本だと思っていたので、「題名を『クソ』にしないと、オレは契約しない」とゴネました。出版社はそれでも出すということになって、小説「FUCK」が世に出ました。映画化の話も出て、文学賞の候補にもなります。

モンクは文学賞の審査員になり、本音をステレオタイプの小説を書いている黒人女性の審査員に打ち明けました。「黒人が貧しくて、犯罪を犯して、ヤクに溺れるようなステレオタイプの小説は、白人の罪悪感を減らすために書かれている」と。白人が気の毒な黒人に共感することで、かつて自分たちが人種差別をしてきたことを忘れさせてくれるのだ、というわけです。

モンクは実家で家族に触れ合うことで、自分の人生や人との関わり方を見直すことになりました。そこもけっこう深いところが描かれていて、良いなあと思って見ていました。

エンディングに流れていた曲は、キャノンボール・アダレイの「サムシン・エルス」に入っている、「枯葉」でした。このセッションの実質的なリーダーは、トランペットのマイルス・デイヴィスと言われています。マイルスの父親は裕福な歯科医で、使用人も雇っていました。マイルス自身も音楽大学の最高峰だった、ジュリアードに入学しています。ステレオタイプでなかった人の音楽を、使っているんですね。

コメディ・タッチですが、あちこちでウィットを効かせながら本質を衝いている、良い映画だと思いました。モントリオールの映画祭で高い評価を得たようですが、日本では一般公開されていないようです。私は配信で観ましたが、楽しめました。
posted by nori at 21:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画に見るこころ

2024年06月30日

動作法東北ネットワークJAPAN 2024年次大会

昨日から今日にかけて、北上市を会場に「動作法東北ネットワークJAPAN 2024年次大会」が開かれました。とは言っても、昨日は「宴会」だったのですが。顔を合わせての宴会に出るのも久しぶりで、懐かしい顔が揃っているのを見ると、つくづくコロナが明けたのを実感しました。集まる面々は、支援学校の先生方が大勢を占めています。同じ動作法をしていても、私のように心理療法として行っているのは少数派です。

動作法はもともと、脳性まひの訓練として発展してきました。「心理リハビリテイション」(通称心リハ)として、学会も開催されています。支援学校では、自立活動として行われるときがあります。休日に訓練会が設けられて、ときには合宿のキャンプが開かれます。

今回は「ストレス時代を動作法とともに生きる」というタイトルでシンポジウムが開催されて、私もシンポジストしてお話をさせてもらいました。とても気になるのが、集まって来る面々が同じことです。みんな元気で集まれるのはうれしいことだけど、若い人たちが入ってこないのでは先細りです。聞くに「働き方改革」で、休日にボランティアで動作法の活動をする時代ではない、ということなのです。その代わり、放課後デイサービスのスタッフで、関心を持って入って来る方がちらほらいらっしゃるとのことでした。

私の周りで心理療法として動作法をしている人は、転勤などで一人去り、二人去りして、とうとういなくなってしまいました。大学院の学生さんには体験してもらっていますが、残念ながらすでに彼らは別の研究テーマを決めて来ています。それでも、一人でも多くの学生さんが興味を持ってくれればよいと思ってやっています。トラウマの研究が進んだことや、マインドフルネスの流行などで、動作法を含めて身体志向の心理療法には追い風が吹いています。

頭でっかちを、頭でっかちで直そうとしてもうまくいきません。もっと感覚を大事にして扱っていくことが、心理療法に求められていると考えます。
posted by nori at 21:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 臨床動作法

2024年05月29日

バラが咲いた

いま家の庭は、花盛りになっています。とくにバラは虫がつきやすかったり、病気になりやすかったりで、手がかかるそうです。妻は「ご機嫌をうかがってるのよ」と言いますが、水は足りているのか、肥料は足りているのか、バラにたずねるようにして手入れをするすそうです。

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2024年04月30日

ニワトリの羽は、嫌がられている

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うちは今年度の前半に、町内会の班長になりました。半期ずつの交代で、4月からの班長は町内会費の集金をすることになっています。いちいち集めて回るのが面倒なので、交通安全協会費や体育協会費など、本来は任意の協力金も半ば強制的に支払う仕組みになっています。老人ばかりで体育なんかする人がいないような町内なのに、体育協会って何なんだろうとかは思いますが、これはまだ良い方かもしれません。

「緑の募金」の緑の羽、それから「共同募金」の赤い羽根、これらニワトリの羽もお配りしなくてはいけないのだけれど、たいがいは「要りません」と言われます。それはそうだ、街中にこんなニワトリの羽をつけて歩いている人なんか、いないのです。「私は募金しています」なんてことを、ニワトリの羽で示す必要なんかないのだし、そんなことをする人はダサいと思われます。

同調圧力を利用して募金を集める、そして「羽」を免罪符として与えることでその効果を高める、こうした古めかしい手法に頼っているのは昭和の人間なんだろうと思います。いまやSNSとクラウドファンディングが当たり前なのに、いちど利権構造ができあがると、どんなにくだらないことでも続けられてしまうのが日本のあり様かもしれません。

だれも欲しがらない、ニワトリの羽。そのために命を落とすニワトリがいるとしたら、動物虐待でしょう。死んだニワトリから羽をむしっているとしたら、そんな作業を人にさせて良いのでしょうか? 「ニワトリの羽を作って生計を立てている人もいる」という話もあるかもしれないけど、もっと生きがいを感じられるような仕事をしてもらった方が良いのではないでしょうか。そして100円募金したとしても、ニワトリの羽のためにいくらかかっているのでしょうか? かりに30円だとしたら、ニワトリの羽ではなくて緑化のために使う方が募金者の意図にかなうのではないでしょうか。

そんなことを考えさせられました。
posted by nori at 10:28| Comment(0) | TrackBack(0) | よしなしごと