2016年04月30日

ジョニー・スミス

 13歳でギターを教え始めたという名手でありながら、玄人受けするミュージシャンズ・ミュージシャンに甘んじてきたのが、ジョニー・スミス(Johnny Smith 1922〜2013)です。何しろ録音が少ない。90歳の天寿をまっとうしたわりには、Wikipedia のディスコグラフィを見るとリーダー作が22枚、サイドマンで参加したアルバムはハンク・ジョーンズ(p)との1枚きりです。

 それにしては晩年の写真を見ると、猟銃が何丁も飾られていたり、パイプをくわえていたりして、とりあえずカネは持っていそうな雰囲気ですな。それもそのはず、このブログのタイトルにもなっている Walk Don't Run を作曲したのが彼なのです。ベンチャーズが大ヒットさせたおかげで、好きな仕事だけして、左うちわの生活をしてきたんでしょう。

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 写真のギターはギルドのジョニー・スミスモデルですが、ギブソンもジョニー・スミスを作っていて、両者のもとになっているのは、彼のディアンジェリコだったらしい。この人はサスティンに非常なこだわりがあったようで、それが彼のモデルに反映されているそうです。ジャズ史に残る名盤は残さなかったけれど、ギター史に残る名器は残してくれました。

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 「バーモントの月」には、スタン・ゲッツ(ts)も入っているけれど、丁々発止のかけ合いなんぞ期待してはいけません。リラックスして楽しんでください。ひたすらきれいに流れるムードミュージックの中に、チラッとスパイスの効いた瞬間が訪れるという感じです。スミスはギターを何のひっかかりもなくサラっと弾いていますが、おっそろしく難しいことをやっているような感じです。「オレがオレが……」とがっついてくるようなジャズではないから、受けなかったんだろうか。

2016年04月25日

工事をしていたら

家の外壁が傷んできて、思い切って張り替える工事をしてもらったのですが、「ガンガン、ドンドン」とけっこうな音がして、振動も伝わって来ました。茶トラのチャーリーは縄張りを監視するという、猫の唯一の職務?に忠実で、工事の様子を常にうかがっていました。ふだんは臆病で知らない人が来るとすぐ逃げるくせに、大したもんです。エライ! いや、これも臆病の一環なのか? どっちかわからん。

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かたや、黒猫のエリック。のんきに日向ぼっこです。これだけの騒音なのに泰然自若としていられるのは、野良を生き抜いてきた太っ腹でしょうか。いや、職務に怠慢なだけなのか? どっちかわからん。

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2016年03月09日

バーニー・ケッセル

昔のロックシーンで、「三大ギタリスト」という言葉がありました。ジェフ・ベック、ジミー・ペイジ、エリック・クラプトン。「三大○○」が大好きな日本人ならではの現象でしょうが、モダン・ジャズ最盛期の1950〜60年代に活躍した三大ギタリストとなると、どうなんでしょうね。このバーニー・ケッセル(Barney Kessel 1923〜2004)は、確実に「三大」のひとりに値するギタリストでしょう。ジャズギター中興の祖、チャーリー・クリスチャンのスタイルを受け継いで、ピックアップもクリスチャンのモデルにつけかえていたようです。シングルトーンの唄わせ方も、スムーズなブロックコードによるアドリブも、とにかく巧いです。素晴らしい。

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もともとオクラホマ州からロサンゼルスに出てきて、スタジオミュージシャンとして大活躍していたようです。ハリウッドの映画産業から仕事をもらって、豪邸に住んでいたのではないでしょうか。だからオスカー・ピーターソンのバンドに加わっても、旅回りに嫌気がさして辞めてしまったりしています。ジャズに生活をかける必要もなかったし、白人だから人種差別で苦しい思いをすることもなかったでしょう。そうした屈託のななさが根底にあって、明朗快活にスイングするのが彼のギターのような気がします。

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「ポール・ウィナーズ」は1957年に録音された、5枚目のリーダー作です。人気投票で1位になったギターのバーニー・ケッセル、ベースのレイ・ブラウン、ドラムのシェリー・マンによるトリオで、名手たちによる演奏を堪能できます。「録音が右と左にきっぱり分かれている」と文句を言っていた人がありましたが、ステレオ初期の録音はそんなものです。それどころか録音技師ロイ・デュナンによるくっきりした音づくりと、コンテンポラリー・レコードのハイテク機器(なんとレコードの内周の歪みを解決していたそうです)による原盤制作は、当時は驚愕をもって迎えられて、他社が躍起になっても近づけなかったそうです。「古き良きアメリカ」の香りがします。

2016年03月08日

セラピスト / 最相葉月

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大型書店に行くと、心理療法やカウンセリングのコーナーをひと通り眺めます。専門書は学会に出向いたときに出版社のブース買うことが多いのですが(割引価格で送ってもらえます)、すぐに読みたい本が出ていると書店で買うことになります。それにしても精神分析からユング派、ヒューマニスティック心理学、実存学派、行動療法、催眠、認知行動療法……と、まさに百花繚乱の世界です。「コレで生き方が変わる」と称する実用書の類はともかくとしても、ぶ厚い専門家向けの指南書や研究書が並んでいて、いったい誰が買っていくのだろうと思ってしまいます。

そんな中で、ずばり「セラピスト」というタイトルは異色を放っていました。案の定いわゆる専門書ではなく、ジャーナリストが取材をしてまとめた本でした。著者自らが患者として治療を受けたり、心理療法を学ぶために大学院で学んだり、あるいは中井久夫先生にセラピストとして描画で関わったりと、当事者からの視点も交えています。ジャーナリストの視点から、あるいは当事者(それもクライエント/セラピストの両面)の視点から、多面的に心理療法の世界を浮かび上がらせようとする姿勢は見て取れました。悪く言えば視点が定まらずに中途半端なのですが、面白そうなので買って帰りました。

家でひもといてみると、色々な感想が浮かんで来ました。たしかに境界例(境界性人格障害)の人たちとは、めっきりお目にかからなくなりました。病態が境界水準と言われていた摂食障害の人にも、会うことは少なくなりました。それにしても精神医学は、どこに行ってしまうのか? 生物学的精神医学とは言うけれど、病理にも精神療法にも入れ込まずにDSMで診断をつけて薬を出すだけなら、ただの薬屋さんではないか? 精神科は深夜に呼び出されることもないし、高額な医療機器を入れなくても開業できるし……なんて理由で精神科に入局した医師が、薬物療法で何本か論文を書いて一人前のになっていくのでは、精神医学の未来も暗いと思ってしまいます。

「中井久夫」は統合失調症の研究や風景構成法で高名な精神科医で、私もひそかなファンの一人ではありますが、学会などで拝見したことはなくて、書物の中でしか知らない人です。その中井先生が描かれた風景構成法が口絵に載っていて、これが何とも味わい深いです。ご本人は「年寄りの絵だ」と言われていますが、瑞々しい年寄りにしか描けない絵のような気がします。深くて、広くて、遊びごころもある。こんな絵を描けるような「年寄り」になりたいものです。
posted by nori at 21:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 臨床心理学の本棚

2016年02月09日

冬の東根山

東根山(あずまねさん)は、紫波町にある標高928メートルの山です。登山口からの標高差が700メートルありますが、登山道がよく整備されていて危険な箇所もないので、だれでも安心して山歩きを楽しめます。南斜面の林の中を歩くので、夏の暑い盛りはお勧めしませんが、冬はたいてい踏みあとがついていて、アイゼンなしで歩けます。年配の方々は長靴が多い(とくに「岩礁80」という釣り用スパイクつきゴム長)ですね。盛岡市周辺では姫神山、鞍掛山とこの東根山が冬ににぎわう山です。


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鳥のさえずりを聞きながら、林の中を歩きます。


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最後の「七曲り」はちょっときついですが、その先には……


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ここまで2時間弱、お疲れさまでした。準頂上?の「見晴らし展望台」です。岩手山も見えますね。


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頂上は少し先なんですが、見晴らしは良くないです。行く人が少ないので、雪道はぼこぼこ。スパッツを着けるのがおっくうで、パスしてしまいました。


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街をながめながら紅茶を飲んで、下山しました。
posted by nori at 19:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 岩手の絵日記

2016年01月05日

セッション

ジャズの大学(モデルはバークリー?)のドラマーが主人公で、鬼のような教授との血みどろの確執が描かれていました。サド・マゾヒスティックな関係性はある意味、安定しています。「言うことを聞かせる」−「言うことを聞く」だったり、「いじめる」−「いじめられる」だったりと、固定しています。そのため学校でも、会社でも、家庭でもと、あちこちでサド・マゾヒスティックな関係性が重宝されるのかもしれません。対等な関係性の方が双方の成長を育むと思いますが、こちらは簡単ではありません。

主人公はそのサド・マゾヒスティックな関係性の中で、ドラマーとしての力をつけて立場を手に入れます。自己愛むきだしで傲慢にふるまったり、ガールフレンドを出世の邪魔とばかりに切り捨てていました。でも破綻して打ちひしがれたこと、父親がその痛みを分かち合ってくれたことが、彼の目を覚ましたように思いました。主人公は大学を退学になりましたが、「もうこんな生徒を出さないために」と教授の悪行を証言しました。その教授が退屈なピアノ弾き?になっているのをライブハウスの看板で見つけて、ふらっと入ってしまったのは罪責感からでしょうか。仕返しを企む教授よりは、はるかに大人になっています。

映画として面白く観ることができたのは、ひとえにJ.K.シモンズの怪演によるものです。この映画の監督は高校時代にジャズバンドのドラマーだったそうですが、そりゃホンマカイナと思うような噴飯ものの場面が満載でした。なぜゆえ譜めくり(それもドラムだけ)がつくの?とか、まあいっぱいあって書ききれないので列挙はやめておきますが、その中で一番の間違いはチャーリー・パーカーのエピソードに関することでしょうか。

ジョー・ジョーンズがシンバルのネジをゆるめて落とした(投げたのではない)のは、パーカーが下手くそ(バンドマン用語では「イモ」)だったからではありません。調子こいて(もしかしておクスリ?)迷子になって2小節先を吹きまくり、客が騒いでもジョー・ジョーンズがシンバルのカップを叩いても気がつかなかったのだそうです。その場には楽しげな笑いがあっただけで、鬼の形相のドラマーがいたわけではないでしょう。もっともサド教授が勝手に話を作り変えていた、という設定だったかもしれませんが。

いちファンとしては、ジャズがこんな世界だと思われるのは嫌だし、できたらスポーツとかを舞台に映画を作ってもらいたかったです。
posted by nori at 21:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画に見るこころ