2016年08月09日

野口久光 シネマグラフィックス展

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岩手県立美術館で開かれている、「野口久光 シネマグラフィックス展」を見てきました。野口久光(1909〜1994)さんは、1933年に東京美術学校(いまの芸大)を卒業して、1000点を超える映画のポスターを描いたとされています。中でも有名なのはトリュフォー監督の「大人は判ってくれない」で、トリュフォーが「素晴らしいポスターを描いてくれた」と大感激して、野口さんから送られた原画を終生、大切に飾っていたそうです。

美術館にはおびただしいポスター、俳優たちのポートレイト、映画に関するノートなども展示されていましたが、野口さんの映画に対する愛情が感じられるような、心あたたまる展覧会でした。ポスターはただ絵を描けば良いのではなくて、うたい文句、今風に言えばコピーもおそらくは野口さん自身が考えられたのだと思います。映画が大好きでのめりこんで見るような人じゃないと、作れないようなポスターばかりでした。レタリングの見事なことも特筆もので、私的な映画ノートも印刷原稿のような見事なレタリングが施されていました。

半世紀も年上の方を「野口さん」と気安く呼んでしまうのは、若い頃に買い求めたジャズのアルバムのライナーノートや、雑誌の新譜レビューで健筆をふるっていらっしゃったからです。ルイ・アームストロングから前衛的なフリージャズまで、その守備範囲の広さとジャズへの愛情は、本当に敬服に値するものでした。どんなレコードでも、良いところを見つけてほめるのが上手な人でした。偉そうに批評するよりはただの愛好家として、いちファンと同じ目線で書いているような文章からは、「さん」づけしたくなるような親しみを感じていました。同展は8月21日まで、開かれています。
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2016年07月22日

ハワード・ロバーツ

前回のジョニー・スミスと並んで、ギブソン社のギターにその名をとどめているのがハワード・ロバーツ(Howard Roberts 1929〜1992)です。ジャズでよく使われるギターは、通称フルアコと呼ばれるもので、ギブソンではES-175やSuper400が有名です。表板がバイオリンやチェロのように曲面に削られていて、f字型の穴も開いているアコースティック・ギターにピックアップがついて、ハイポジションを弾きやすくするためにネックの下側がえぐられています。軽くて生音が出るのが重宝されたのか、「かしまし娘」や「玉川カルテット」などの芸人さんにも愛用されていました。ロックではイエスのスティーヴ・ハウがES-175を使っていましたが、大音量だとハウリングしやすいので穴に布を詰めて使っている人もいるようです。

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さてハワード・ロバーツがギター・デザイナーとして腕をふるったGibson Howard Roberts は小ぶりなボディで、fホールのかわりに楕円形の穴が中央に開いています。サスティンを得ようとしたのでしょうか。ほかに Howard Roberts Fusion というモデルも、製作されています。

ギタリストとしてのハワード・ロバーツは、知る人ぞ知るという感じで、とにかく録音が少ないです。15歳からプロとして活動していたそうですが、60年代以降はギター学校を作るなどして教育者としての業績が顕著だったようです。中古盤のエサ箱をあさっても、ジャズをじっくり演奏しているのに出くわすことはまずありません。でもこのアルバムは Gibson Howard Roberts でピアノトリオをバックに、スタンダードを演奏しています。

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聴いてみると、もう、とにかく巧いです。オクターブ奏法を散りばめるのが基本形で、あとはヴァイオリン奏法(ピッキングしてから小指でボリュームノブを回してふわんとした音を出す)を披露したり、エンディングのソロにファズをかけたり、くねくね変態フレーズをどさくさにまぎれに速弾きしたり、そうかと思えばねちっこいブルーズに浸ってみたり、凝ったブロックコードを弾いたりと、まことに忙しいというか、ワザ博覧会のようなアルバムでした。

2016年07月17日

熊本へ

 6月の末から7月にかけて、緊急派遣のスクールカウンセラーとして熊本市に行ってきました。東日本大震災では全国から、もちろん熊本県からも支援チームがきてくださいました。岩手から熊本に行くことができたのは、ありがたいことでした。雨続きを想定してゴアテックスのトレッキングシューズを履いて、衣類は撥水加工された化繊のアウトドアウェアを詰めました。おかげで、わりと快適に行動できました。

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 さて熊本と言えば「くまモン」ですが、駅長になっているとは知らなかった。あっちにもくまモン、こっちにもくまモンで、大活躍していました。

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 勤務は月曜日から金曜日まででしたが、前泊と後泊の必要があったので、6泊7日の日程となりました。天気予報通りほとんど雨の毎日で、余震もありました。とある小学校の校庭も、ごらんの有様です。

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こちらの学校には土砂災害を避けるために、山間地の小学校が間借りして授業をしていました。子どもたちも先生方も、大変な毎日を過ごしていることがうかがわれました。校庭や体育館で、思い切り体を動かして遊べないのは、子どもたちにとってはつらいことでしょうね。

 年配の女性に道を訊ねたら、「ぜひお城を見ていってくださいね、崩れちゃって最悪の状態ですけど……」と言われました。拝観は中止されているのですが、夜はライトアップされているそうです。街を歩けば敵を待ち伏せするためのクランクが沢山あるし、私たちが泊まっていた高校は大雨で浸水しそうになりますが、もともとは敵をひきこんで水攻めにするための低地だったそうです。そこかしこに加藤清正公の計らいが見えるような街なので、自分の家の雨漏りよりも熊本城の心配をしているような人が大勢いても無理はないと思いました。ちなみに、熊本は瓦屋根が多いのですが、瓦を焼くのがとても追いつかないそうです。職人さんもいないということで、屋根にダメージを受けた家はブルーシートがかかっています。

 街では「から揚げ屋さん」をよく見かけました。それに全国展開しているほか弁チェーン店ではなくて、「お弁当のヒライ」があちこちにあります。イートインスペースもあって、麺類も出してくれるようです。宿舎の近くにもあって、お世話になりました。ちくわにポテトサラダを詰めて天ぷらにした「ちくわサラダ」、それに「いわしハンバーグ串」です。

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 ちょっと驚いたのが、水道水が美味しいことです。聞けば熊本市は、水道水の全てを地下水でまかなっているそうです。美味しい珈琲屋さんもあるのだろうなあ……と思っていたら、ありました。「まる味屋珈琲店」は先代が昭和25年に開業されたとかで、自家焙煎店のさきがけでしょう。お店に鎮座するのは、ドイツはプロバット社製の50ポンド(18kg)焙煎機です。

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 マスターは「沢山焼いても豆が古くなっちゃうし、うっかり発火すると消防車が20台くらい飛んでくるから」と、少量ずつ焙煎しているそうです。熊本の「地コーヒー」的な豆を、お土産に買ってきました。

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生豆を1年間自然乾燥させて、極浅煎りにして、粗びきにして低温抽出です。ほうじ茶よりも薄い色で、これがコーヒーなの?って感じです。でも甘味と渋みが重厚感を出していて、生焼けだけにカフェインは多量に含まれている感じです。コアなファンがいまだに多いというのも、うなづけます。普通に挽いて濃度を上げようとしましたが、何しろ生焼けなので生臭くなってしまいます。言いつけは素直に守った方が良いですね。

 一概には言えないのでしょうが、熊本の人たちは生真面目で熱血な人が多いような印象を受けました。それでいて、フレンドリーに話しかけてくださいます。私は転勤族のような暮らしはしたことがありませんし、長期出張するような仕事もありません。せいぜい学会や研修会で2〜3日、出かけるのがせいぜいです。1週間くらい滞在してみると、その土地の色々なところが見えてくるし、顔見知りもできてくる。なんだか新鮮な体験でした。ガイドブックやネット情報なしで、自分の目で見て歩き回ったのも良かったと思います。

 今回は熊本市教育委員会、熊本県臨床心理士会、訪問した小中学校の先生方、それに生徒さんたち、地元の人たち、皆さんにお世話になりました。どれほどお役に立てたのかとも思ってしまいますが、支援を通して人のつながりを感じることができたなら、お互いにとって良かったのだと思います。東北もまた復興への道のりは遠いですが、一歩ずつともに歩んでいきましょう。

2016年06月13日

滋賀での研修会

6月11日(土)から12日(日)にかけて行われた、臨床動作法の資格者研修会に行ってきました。会場のKKRホテルびわこは、京都から二駅の唐崎にあります。どうせホテルで缶詰めなんだし、どこでやろうと一緒じゃないかという話もあるのですが、研修室は琵琶湖を見渡すことができて、私なぞは外ばかり眺めてしまいそうでちと心配になったくらいです。

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古典落語の「近江八景」は、女郎からの手紙に近江八景が盛り込まれていますが、その中に「唐崎の夜の雨」が出てきます。近江八景は歌川広重の浮世絵で、「唐崎の夜雨」は唐崎神社の堂々たる老松が雨の夜に浮かび上がっています。

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朝の散歩に出たら、ホテルから歩いて10分ほどで着きました。左が広重の絵に描かれている松ですが、さすがに年月を経て衰えて、手厚く保護されています。樹齢500年にも、なるのでしょうね。

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さて肝心の研修ですが、今回は肩挙げの新しいやり方が初公開されました。また課題動作の中で出てくる、痛みへの対処も研修しました。これは腕挙げでやったのですが、前記の肩挙げと同じく、「手を触れない」方法でした。傍で見れば援助者はただ注文をつけているだけなので、手を使う援助よりも簡単そうに見えるかもしれませんが、実は難しいです。見ているだけで、自分の身体の中に相手の身体の感じを作らなくてはなりません。私にとっては肩挙げも、腕挙げも、初心者の頃に習った課題ですが、20年経っても同じことをああでもない、こうでもないと、動作法の奥深さを実感した研修会でした。
posted by nori at 13:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 臨床動作法

2016年04月30日

ジョニー・スミス

 13歳でギターを教え始めたという名手でありながら、玄人受けするミュージシャンズ・ミュージシャンに甘んじてきたのが、ジョニー・スミス(Johnny Smith 1922〜2013)です。何しろ録音が少ない。90歳の天寿をまっとうしたわりには、Wikipedia のディスコグラフィを見るとリーダー作が22枚、サイドマンで参加したアルバムはハンク・ジョーンズ(p)との1枚きりです。

 それにしては晩年の写真を見ると、猟銃が何丁も飾られていたり、パイプをくわえていたりして、とりあえずカネは持っていそうな雰囲気ですな。それもそのはず、このブログのタイトルにもなっている Walk Don't Run を作曲したのが彼なのです。ベンチャーズが大ヒットさせたおかげで、好きな仕事だけして、左うちわの生活をしてきたんでしょう。

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 写真のギターはギルドのジョニー・スミスモデルですが、ギブソンもジョニー・スミスを作っていて、両者のもとになっているのは、彼のディアンジェリコだったらしい。この人はサスティンに非常なこだわりがあったようで、それが彼のモデルに反映されているそうです。ジャズ史に残る名盤は残さなかったけれど、ギター史に残る名器は残してくれました。

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 「バーモントの月」には、スタン・ゲッツ(ts)も入っているけれど、丁々発止のかけ合いなんぞ期待してはいけません。リラックスして楽しんでください。ひたすらきれいに流れるムードミュージックの中に、チラッとスパイスの効いた瞬間が訪れるという感じです。スミスはギターを何のひっかかりもなくサラっと弾いていますが、おっそろしく難しいことをやっているような感じです。「オレがオレが……」とがっついてくるようなジャズではないから、受けなかったんだろうか。

2016年04月25日

工事をしていたら

家の外壁が傷んできて、思い切って張り替える工事をしてもらったのですが、「ガンガン、ドンドン」とけっこうな音がして、振動も伝わって来ました。茶トラのチャーリーは縄張りを監視するという、猫の唯一の職務?に忠実で、工事の様子を常にうかがっていました。ふだんは臆病で知らない人が来るとすぐ逃げるくせに、大したもんです。エライ! いや、これも臆病の一環なのか? どっちかわからん。

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かたや、黒猫のエリック。のんきに日向ぼっこです。これだけの騒音なのに泰然自若としていられるのは、野良を生き抜いてきた太っ腹でしょうか。いや、職務に怠慢なだけなのか? どっちかわからん。

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posted by nori at 22:38| Comment(0) | TrackBack(0) | にゃんころじい